下町散策研究会


活動報告


下町散策研究会の報告

「2018年11月 王子から駒込へ」

(2018年11月24日)

 

11月24日、王子駅に12名が集合。駅前からミニロープウエイに搭乗し、王子界隈を鳥瞰しながら飛鳥山公園に入山。江戸時代から桜の名所として知られた飛鳥山ですが、秋の紅葉もさぞかしと期待したのですが、紅葉する樹木が少なく、閑散としていました。それでも10月桜が数本、ひっそりと花を咲かせていました。飛鳥山公園内には、王子製紙の創業者、渋沢栄一の邸宅、紙の博物館があります。渋沢は、明治6年にこの地に王子製紙を設立したからです。

 

公園を出た後は、本郷通りを歩き、一里塚から平塚神社、蝉坂を上り古河庭園を散策しました。古河庭園は、明治時代 陸奥宗光の別宅で素晴らしい洋館です。ここは、バラの花が有名ですが、すでに夕闇となり十分に観賞することはできず、早々に退園。駒露地なる居酒屋に急行しました。懇親会では、日高見、大七など旨い酒と肴を堪能、7時過ぎには駒込駅からそれぞれの帰路につきました.

 

(夏目)

 

 

 

 

 


下町散策研究会の報告

「2018年6月 佃・月島もんじゃコースを歩く」

(2018年6月30日)

 

今回は、気温33度の炎天下、同志10名にて佃島界隈を探索しました。佃島といえば「佃煮、もんじゃ、住吉神社」。この地は、天明の飢饉の時代に鬼平こと長谷川平蔵が「石川島人足寄せ場」を設営したことで知られています。山本周五郎「さぶ」でも有名。明治期には、造船所、機械工場などがこの地に進出、工場地帯になりましたが、現在は、工場跡がマンションに。その高層ビルの間に戦前からの家屋が密集しています。コースは、月島駅から住吉神社、船溜まり、つくだ煮屋、石川島灯台、IHI記念館を回った後に隅田川沿いを散策(パリのセーヌ川河岸のようだという声あり)、越中島の明治丸を遠望して4時半にもんじゃ店に到着、名物のもち明太子、サーモンもんじゃなどを存分に堪能しました。

 

(夏目孝吉)

 


下町散策研究会の報告

「2018年3月 四谷御門からお岩稲荷へ」

(2018年3月31日)

 

都内の街歩きコースとして四谷界隈はパッとしないが、歴史的には面白い地域だ。まず、江戸城の外堀の石垣の残るJR四谷駅に集合、新宿通りをすぐ左折、創業130年の酒屋「鈴伝」を経て二葉亭四迷の旧居跡へ。この周辺は、池波正太郎「剣客商売」の主人公、秋山小兵衛の道場や火付け盗賊改めの組屋敷があったとされる場所。表通りに出て迎賓館を遠望しながら学習院初等科(山岡鉄舟の屋敷跡)に沿って歩けば、その裏の高台は、2.26事件で射殺された斎藤実内大臣の私邸跡、。そこからの下り坂は、幕府鉄砲組の組屋敷があったので鉄砲坂という。さらに西に歩めば西念寺。伊賀忍者の総帥、服部半蔵が徳川家康から拝領したという槍を見学。この一帯は崖の上で多くの寺が櫛比する寺町。幕末の国学者塙野保己一の墓のある愛染院を下って向かいの断崖の上にある須賀神社に登る。ここはアニメ「君の名は」の世界。縁結びの舞台ということで日本人だけでなく中国人の若い人々でにぎわっていた。須賀神社の先は鬼平こと長谷川平蔵を顕彰する戒行寺、首切り浅右衛門の勝興寺などを掃苔しながら夕刻、お岩稲荷に到着。お岩様を祀る神社とお寺が向かい合い。祟りを恐れて全員、どっちもお参り。この後、左門町にある御酒塾なる居酒屋にて懇親会。「猩々」なる奈良の銘酒を存分に楽しみ8時に散会。参加者10名、終日、好天に恵まれ無事帰宅。

 

(文責:夏目)

 


下町散策研究会の報告 

「2017年11月 神谷町から麻布十番へ」

(2017年11月25日) 

 

今回の散策地は、神谷町から麻布十番。山の手と下町の境界にある一帯。当日(11月25日)は、奇跡的な好天。まず、神谷町駅から西久保八幡へ。急峻な階段を上って参拝。裏手には貝塚があるというが所在不明。古代には海が眼前にあったのだろう。この周辺、江戸時代は、武家、文人、妾が棲んだという薄暗い崖地。荷風の小星(妾のこと)お歌の壺中庵もここにあった。「西久保八幡の路地の突き当り無花果の枝差し伸べたる小屋を借り受け女一人囲い置き、主人は独り我然坊谷の細道伝い、この庵に忍ぶ」(荷風・断腸亭日乗)とある。この神社の背後を抜けると巨大な建造物が周辺を圧倒している。霊友会の釈迦殿だ。一行は、本殿内を見学後、脇の雁木坂を経てロシア大使館前へ、さらに進んで外務省外交史料館前の鼠坂を下った。ここは鬼平犯科帳3巻「麻布鼠坂」の舞台。途中、島崎藤村旧宅跡から植木坂を上る。石橋正二郎旧宅(現在、美術館)、高峰秀子宅、元東京銀行迎賓館「永坂荘」、参議院副議長公邸などの塀を眺めながら麻布十番稲荷に到着。豆源でおみやげの「おとぼけまめ」を買い、麻布善福寺へ。この寺は、幕末のアメリカ大使館だったのでハリスの記念碑があった。福沢諭吉の墓は探したが不明。すでに夕刻だったが、都内最大のイチョウが金色に輝き見事だった。この寺は、たたずまいなど品格ある寺だが、残念だったのは、寺の後ろにそびえる元麻布ヒルズ。まさに空を覆わんばかりにそそり立っていたのが、なんとも興ざめだった。このほか佐賀藩主の菩提寺である賢崇寺に立ち寄った後、5時からお待ちかね「魚可津」にて懇親会。獺祭、八海山が飲み放題で、今日も参加者9名大満足の一日だった。

(文責 夏目)

 


下町散策研究会の報告 「2017年4月 神田川に沿って」

(2017年4月29日)

 

天気澄晴、快適なる4月29日午後3時、御茶ノ水駅聖橋改札口に8名が集合。播磨坂の銀杏に祀られた太田姫稲荷神社に手を合わせた後、湯島聖堂へ。屋根上の霊獣に注目した後、その幹一かかえもある楷の樹、巨大な孔子像を拝して辞去、昌平坂を経て神田明神へ。銭形平次、八五郎の石碑を確認して階段下の台所町、同胞町の路地を散策。鰻の名店「神田川」の匂いをかぎながらフィギアを供養した秋葉原神社を拝観、このとき青天にわかに曇り驟雨来る。直ちに旧交通博物館をリニューアルした「マーチエキュート万世橋」に入館、見学。10分後、空晴れ渡り、さらに一団は、神田川に沿って静かな下町を散策。柳原神社に立ち寄り、おたぬき様に8人の狸紳士連が拝礼、記念撮影。エトワール海渡、佐竹藩の藩薬「龍角散」の社屋を横目で見ながら柳橋へ。市丸姉さんの旧居や亀清楼見学もそこそこ。すでに気持ちはちゃんこ屋に。隅田川にかかる両国橋を渡って回向院前の「巴潟」がその店。ここは、安倍首相が3月5日に訪問したという評判の店でちゃんこを食して懇談。予算オーバーながら満足の1日でした。

 

(文・夏目孝吉、写真・根来正人)

 


第5回 下町散策研究会(2015年9月15日)

 

今回は、東京の東端、柴又帝釈天と立石を散策しました。集合地点は、京成柴又駅前の寅さんの銅像前。参道の草団子屋、佃煮屋をのぞきながら帝釈天こと題経寺に参拝、笠智衆、佐藤蛾次郎が顔を出しそうな境内から江戸川の土手に上がり、のんびりとした風景を楽しんだ後、京成立石に直行。立石は、いかにも場末の繁華街で、レトロ感たっぷり。煮込みを頬張るオジサンたちでこの日も賑わっていました。我々も負けじと手書きのメニューが七夕のようにぶら下がる居酒屋に闖入。刺身、モツ煮込み、卵焼き、鴨鍋を平らげ、生ビール15杯、酒2升、薬草カクテル3杯で酩酊。これで各人「樋口一葉」1枚だけという明朗会計。今回も大満足で、いい居酒屋のある町はいい町と総括しながら帰途につきました。9月15日実施、参加者は9名。

文責 夏目)

 


第4回 下町散策研究会(2015年6月6日)

 

第4回下町散策研究会は、下町の北部にあたる南千住から三ノ輪コースでした。この地は、池波正太郎「剣客商売」「藤枝梅安」でもお馴染み。当日6月6日(土)は、ご当地素戔嗚神社の「天王祭り」の真っ最中。参加メンバー8名は、御神輿と山車を横目で見ながら雨上がりで気持ちの良い一日を楽しみました。コースは、南千住駅3時集合、駅から吉原、山谷を遠望しつつ、回向院の受刑者(吉田松陰、橋本左内、高橋お伝)たちの墓を掃苔、裏手にある「尾花」で鰻の微醺をかぎ、そのあと奥州街道(日光街道に続く)である小塚ヶ原、千住大橋に至り芭蕉筆立ての碑を撫でて素戔嗚神社、千住ラシャ工場跡、彰義隊士の埋葬地圓通寺で黙とう、都電三ノ輪車庫を見学、投げ込み寺浄閑寺では、閉門時間とかで守衛に追い立てられて江戸趣味の鳥茶屋に退散、5時から懇親会へ。所要時間2時間、8千歩の散策でした。

 

(文責 夏目)

 


第1回 下町散策研究会(2014年1月14日)

 

まずは、浅草からということで、1月14日3時、雷門に集合。参加者は、予定の10名。

荷風が通ったキッチン「アリゾナ」を一瞥し、花川戸で助六の碑を確認、いなせどころかお粗末さに全員が憤慨。さらに猿若町の江戸三座跡を通過して待乳山に登り、隅田川を遠望。ここは、池波正太郎「剣術商売」の舞台、生誕の地だから当然ですね。あの藤沢周平の小説にもしばしば登場。小休憩後、隣の今戸神社へ。ここは沖田総司の終焉地。石碑に群がる女の子にびっくり。今戸からは、山谷堀を北上、日本堤から吉原大門へ。仲ノ町通りから吉原神社に参拝。ネオンの誘いに脇目も振らず裏の鷲神社(お酉様)で本日の「裏浅草散策」の無事を報告。

 

研究会は、ひさご通りの牛鍋や「米久」にて懇談。

散策時間80分、7200歩の散策でした。

次回は4月に向島を予定。

(文責 夏目)