下町散策研究会・2024年10月9日
戦後直後の下町の雰囲気をいまだに残す立石を散策。
この日は急に冷え込んだ荒れ模様の天気でしたが、京成線立石駅前に7名が集合。ここは東京大空襲を免れ、京成本線から切り離されたような支線の駅のせいか、独特の昔の雰囲気が残っており、下町事情に精通の夏目さんの案内で駅前アーケード街を一巡しました。
さすがに空き店舗が目立ちますが、ホルモン焼や煮込み等の小さな店が何軒かあり、戦争直後の闇市のような雰囲気がいまだに残っています。開店前から行列ができていて、東京でこういう街があるとは驚きです。
線路の反対側は、更にレトロな呑んべ横丁が有名で、千円で酔える千ベロで有名だったそうですが、一帯が板囲いされ閉鎖されていました。お決まりの駅前再開発で、高層の駅ビルやオフィスビルに生まれ変わるようです。
こちら側もいずれその計画だということで、懐かしい風景は一掃されることでしょう。
ということで、散策はそこそこに昼の宴会に突入です。
「玄庵」という蕎麦処で、民芸風のところで夏目さんの目利きは確かです。
雨に濡れていましたので、ビールはそこそこに、この店の名の焼酎の蕎麦湯割りにしたところ大好評で、談論風発とともに、ボトル3本4本?が空になりました。(ただし720ミリリットル)
皆さん、時期外れの寒さと雨模様のなか、ご苦労様でした。
次回は、来年1月21日(火)の予定です。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2024年7月26日
新橋・ビアホールで暑気払い
下町散策の会は、3か月ごとの開催ですが、7月は一番暑い時期ですので、歩きはなしで暑気払いだけにしようということにしました。今年の七月後半は例年以上の猛暑続きで、この日の日中は40度近くになるという予報で、この判断は大正解でした。
JR新橋駅の機関車前、13時15分集合で7名が参加しましたが、待ち合わせする間も大変な暑さで、近く冷房の効いたビル内へ避難して待つ始末でした。
暑気払いの会場は、近くのサッポロライオンビアホールです。ここはもちろん涼しく、ビール、赤白ワイン、冷酒など飲み放題で、談論風発賑やかに、午後のひとときを快適に過ごし散会となりました。地球温暖化の影響はますます悪化が必至ですので、今回のような臨機応変な措置の必要性を痛感しました。
次回は、10月9日(水)の予定です。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2024年4月23日
亀戸天神、亀戸駅界隈散策
今回はJR総武線亀戸駅11時半集合で、11名が参集。この日は天気が不安定で、雨傘持参でしたが、幸い降られることもなくて済みました。亀戸は大半の参加者には馴染みがなく、筆者も初めてでしたが、下町事情に精通の夏目さんに案内してもらい、なかなか見どころが多く賑やかな街でした。この一帯は明治以降、湿地帯に整備された運河沿いに東洋紡、鐘紡、日清紡などの大工場が建設され工場労働者を中心とした街として発展しましたが東京大空襲で焼失。戦後、復活した精工舎や日立も郊外へ移転してしまいましたが、今も庶民的な商店街で、一寸した抜け路にも居酒屋、焼き肉屋が軒を連ね賑わっていました。
平将門が戦勝を祈願した縁で、今はスポーツ振興の神として有名だという香取神社、関東大震災で多数の無名の犠牲者を祀った浄心寺、広重の浮世絵にも描かれ江戸時代の寄席等の娯楽施設を再現したという梅屋敷などを回りましたが、やはり亀戸と言えば、亀戸天神でした。
この日は特にお祭りという訳でもないようでしたが、大変な人出で大賑わいでした。お目当ては藤の花のようで、太鼓橋から見渡す境内いっぱいの藤棚が壮観で、今が一番の見ごろのようでした。驚いたのは境内で、猿回しの芸が披露されていてぎっしりと人垣ができていましたが、これも下町ながらでしょう。池波正太郎の鬼平小説にも出てくるくずもちが有名なお土産のようで、店先には長い列ができていました。
お楽しみの昼の宴会は、駅の近くの「三千里」という韓国風焼き肉屋さんで、質量ともに高評価で、ビール、まっこり、焼酎が進み満足頂いたようで充実した一日となりました。
次回は、7月26日(金)の予定です。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2024年1月24日
浅草橋・鳥越神社周辺散策
今回はJR総武線浅草橋駅に11時集合で10名が参加。一年の一番寒い時期ですが、幸い快晴で風もなく好天に恵まれました。
この一帯は日本人形や、おもちゃ、文具の問屋街ですが、江戸時代は、川べりで幕府の米蔵が立ち並び、積み下ろしの船着き場が整備されて賑わったそうで、名残は蔵前という地名に残っています。
また池波正太郎の鬼平犯科帳等の舞台になったところで、今日はこの痕跡を訪ねようというのが趣向で、こういう下町事情には余人をもって代えがたい夏目さんが案内人です。
先ずは、銀杏岡八幡神社へ。源義家が勧請した八幡神社というから古い。前九年の役に出征の折、上流から銀杏の枝が流れ着き、これが勝利の幸運をもたらしたと伝えられるそうです。次の鳥越神社も、奥州の安倍定任の乱を鎮定の軍勢が、隅田川の浅瀬で餌を啄むところを見て渡河できることを知り戦勝、その白鳥にちなみ鳥越神社と名付けられたと言われます。ここの巨大な千貫御神輿は、六月に町内を練り歩く様子は勇壮でテレビでも良く紹介されて有名です。
鬼平犯科帳や剣客商売にちなむ道場や隠れ家跡が随所に残りますが、印象に残ったのは浅草天文台跡です。大通りの交差点脇に今は案内板が残るのみですが、かつてはこんもりした小山があり天文測量所が設置され伊能忠敬も通っていたそうです。ちなみにここの小山は削り取られて近辺の埋め立てに使われたそうです。
お楽しみの昼食は、創業150年という、「江戸蕎麦処あさだ」で、これが今回の一番のハイライトともいうべき素晴らしさでした。蕎麦懐石の料理がどれも珍味でおいしく、蕎麦湯割りの焼酎が、皆さんのお気に入りで焼酎4~5本空いたでしょうか。(ただし四合瓶)喧々諤々盛り上がりました。
解散後、まだ物足りない5~6人で駅そばの居酒屋に移動、飲みなおしで堪能しました。
次回は、4月24日(水)開催の予定です。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2023年10月18日
根津美術館・青山墓地散策
前回7月の猛暑の時とは、対照的な好天気に恵まれ、11時に表参道の交差点に7名が集まりました。ここから徒歩10分ほどの根津美術館へ、そのあと青山墓地をブラ歩きして青山一丁目の日本料理屋へ向かうコースです。
ところが、ブランド街を抜けて根津美術館へ着いたら、なんと臨時休館です。一週間ほど前に、ネットで調べたときは月曜日が定休日で、現在は刀剣武具などの企画展を開催中とあったので安心していて、ここの東洋美術を中心とした貴重な展示や、趣向を凝らした庭園を楽しみにしていたのですが、いずれにしても幹事の失態で参加者には申し訳ありませんでした。
やむなく、青山墓地をゆっくり散策することにしました。この墓地は都心にあって、有名人の葬儀で有名な斎場があり、六本木の高層ビル群が間近に見えます。春は桜の名所で、私事ですが勤務先が目の前だったので、昼休みにコンビニで缶ビールと弁当を買いみんなでよく花見をしました。
有名人の墓も多いですが何しろ広いので大変です。日露戦争の旅順攻略作戦で有名な乃木大将の墓は知っていたので案内しました。ひっそりと囲われた一角にあり、夫婦と息子二人の墓がわかりますが、息子たちの墓はそれぞれ立派な高い墓石ですが、夫婦の墓は、加工もされない小さい丸石が並んでいるだけで、よく見ないと名前判別できないほどです。
二百三高地作戦では多大な戦死者を出し息子たちもその中で戦死しています。乃木は終生その責任を感じていたそうで、そのことがこういう墓の配置になったのだろうと思うと粛然たるおもいでした。
まだ時間があるので、近くの本田本社のショールームに寄りました。普段はレーシングカー等が展示されていますが、ここも近く建て替えの予定のようでこの日は簡素な展示でした。
昼食の料理屋では、山口県下関の地ビールが好評で、あとは焼酎のボトルを開け、歓談が盛り上がりました。
この会は3か月ごとの開催ですので、次回は1月24日(水)の予定です。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2023年7月19日
ロープウェイに乗って横浜散策
今回は趣向を変えて、最近横浜にできたロープウェイを試してみることにしました。この時は猛暑の盛りで出席者も高齢の5名でしたので、熱中症に留意し、歩く距離はなるべく日射しを避け、短時間にしました。
JR桜木町駅に11時に集合、目の前の乗り場から乗り込みます。正式にはエアキャビンというそうですが、ゴンドラ風のゆったりした快適な車内で、結構高くまで上昇すると、廃線の汽車道や帆船の日本丸などを眼下に、山下公園の氷川丸、大桟橋に停泊中の豪華客船などが一望できました。
10分ほどで、赤レンガ倉庫街近くのビルに到着です。次は海上保安庁の資料館へ向かいます。赤レンガ倉庫館内のショッピング街を通り抜けると、岸壁に巡視艇が停泊している海上保安庁の別館が資料館です。ここにはあまり一般に知られていませんが、20年ほど前日本近海で、巡視船と銃撃戦の末、自爆して沈んだ北朝鮮工作船を引き揚げて展示されています。巡視船に比べると小さい船で、銃弾が貫通した痕や、日本に近づいたらスパイが上陸に使った思われる小型ボート、また日本の辞書や携帯電話等生々しい携行品も展示してあります。
歩くのはここまでにして、みなとみらいのお楽しみの場へ向かいます。途中大観覧車で有名な遊園地を通りますが、暑さのせいかほとんど空で回っていました。今日の昼食場所は、クイーンズスクエア内にあり初めてでしたが、食事良し、酒良しで皆さんにも好評だったと思います。
次回は、10月18日(水)の予定です。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2023年4月19日
皇居東御苑を散策
今回は、皇居の一角にある東御苑を散策しました。
東御苑は皇居の中でも、江戸城の本丸跡に当たる場所ですが、その痕跡を見て歩き、そのあとは近くの学士会館の中華料理屋で、昼食、飲み会という企画です。
この日は、4月中旬にもかかわらず、真夏のように暑い日でしたが、大手門に7名の参加者が集まりました。
大手門は江戸城の正門にあたり、ここから入場します。しばらくは昔のままの重厚な石垣や復元された侍の詰め所ともいうべき番屋などが続き、昔の城の雰囲気が感じられます。
この日は好天でコロナ制限もなくなったせいか、外国人観光客が日本人よりも多いのではないかと思うほど大勢見られ、盛んに写真を撮っていました。
城の建物で唯一、富士見櫓が残っていて、外から見れば江戸城を感じさせる優美な櫓ですが、中に入ると矢ぶすまが並んでいてそこから鉄砲を構えていたのかと思うとそのギャップが面白かったです。かの忠臣蔵の松の廊下跡は、案内板があるだけで何もありません。最大の遺構はやはり天守閣あとの城垣です。何度も火事で焼け落ちてついに再建されなかった天守閣ですが、石垣は立派でそのまま使えそうです。今でもここから松の内大手町の高層ビル街が一望できますが、天守閣があった時代はそのてっぺんからどんな景色が広がっていたのでしょうか。
汐見坂という名前もあるし、海がずっと近くに見えていたのでしょう。
この後は、茶屋の建物、二の丸公園を若干散策し堀川門へ向かいます。ここを出ると、現代の騒々しい音の中に戻り、タイムスリップしたようです。学士会館はここからすぐですが、途中の某商社本社ビルの敷地内に、かの最後の将軍を輩出した徳川一橋家の屋敷跡の石碑がありました。堀川門も江戸城の入り口ですから、その要衝を親藩が固める意味もあったのでしょうか。
学士会館の中華料理屋は紅楼夢と言い、なかなか重厚で雰囲気も良く、酒は何でもあるということでしたが、ここの紹興酒が皆さんのお気に召して、これに終始し楽しい時間を過ごしました。
次回は、7月19日(水)の開催予定です。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2023年1月20日
明治神宮初詣、新宿までブラ歩き
3か月振りに開催しました。
この会は、もともと下町の旧所名跡をじっくり訪ね歩き、打ち上げとして夕方から居酒屋等で宴席という会ですが、会員の高齢化、コロナ禍もまだまだ油断ならない段階だということで考えた結果、試みとして午前中に散策を終え、ランチタイムに宴席としました。
1月20日、JR原宿駅を出てすぐの明治神宮の鳥居前に10名が参集。一番の寒い時期で天候が心配でしたが、幸いにも快晴、ぽかぽか陽気でした。
実は一寸手違いがあり、明治神宮には三本の鳥居があり、原宿駅に近い方が大鳥居だと思っていたところ、実は二本目が大鳥居だそうで、そちらへ行った人もあり、幹事思い違いで迷惑をかけました。と言うことで最初の鳥居から参道を進みます。この日は正月三が日のような大混雑はなく、程よい人出で外国人観光客が増えてきているのが印象的でした。
先ず、明治神宮ミュージアムに立ち寄ります。明治神宮には寶物殿がありますが、工事閉鎖中で、その一部を展示しているようです。華麗な六頭曳艤装車など明治天皇ゆかりの品々絵画、衣服などが展示されていますが、何より驚くのはおよそ百年前、何もない原っぱに人工的に森や社が築かれたことです。当時の経緯も展示されていますが、今や都心にこれだけの自然が残されているのは、明治の人の英知の結集を実感します。
本殿の参拝に向かうと、丁度結婚式を終えた新郎新婦、家族の列が通り過ぎるところで、外国人観光客が盛んにカメラのシャッターを切っていました。
参拝を終え、代々木口をでて、JR代々木駅前経由、新宿南口方面へ小一時間歩くと、宴会場に到着です。
ここは、新宿駅南口サザンテラスという一帯でここの高層ビル4階にあり、新宿駅を行き来する電車が見下ろせる場所で、本来は夜の高級なダイニングが有名ですが、大手酒造メーカー系列の経営なので、酒はいろいろ飲み放題、昼はお得なところです。今回は歩きも1万歩弱と軽め、いつもと違い昼間の会食でのんびりと会話が弾みました。帰宅もゆっくり夕方のラッシュアワー前に帰宅できるというので好評でしたので、次回も昼間の開催とし、4月19日(水)に予定しています。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2022年10月21日
銀座八丁裏通り、神社めぐり
前回の4月以来、半年ぶりに開催しました。
華やかな銀座の裏通りには、数多くの小さな稲荷神社があり、「銀座八丁神社巡り」が行われ、御朱印を集めて回る趣味のグループもあるようです。一説には15社もあるそうですが、今回はそのうちの3か所をのんびり、散策しようという趣向です。
10月21日午後4時、銀座三越ライオン前に6名が集合、先ず隣の三越新館のテラス庭園へ。
ここには、「銀座出世地蔵尊」が祀られています。
今の賑わいからは想像もできませんが、まだ銀座4丁目が空き地だった頃に、地中から掘り出されて安置されていたそうですが、三越建設の際、屋上に移設されるまでに出世したというのが名前の由来ともいわれているそうです。大振りでにこやかな、いかにもご利益がありそうなお地蔵です。
次は三原橋交差点から、少し入った小路に鎮座する「あづま稲荷神社」へ向かいます。
三原橋と言えば、かつては映画館や地下街がありましたが、今はなくなったせいか、ひっそりとしてここが銀座とは思えない雰囲気ですが、その一角にあり、よく手入れされて訪れる人も多いようです。
最後は、銀座6丁目の交差点を入ってすぐに入る通りの、ビルとビルの間にある「豊岩稲荷神社」です。
この日も探すのにうろうろしたぐらいで、予めわかっていないと見つけるのが難しい場所にありますが、実は恋愛成就をかなえてくれる縁結びの神様として、若い女性には有名で地方からもわざわざやってくるそうです。この辺りは夜になるとネオン煌めく高級社交場になりますが、ちょっと先には金春湯と言う銭湯があり、昼間は大通りから一本入っただけで、異次元の不思議な街並みが印象的です。
最後は、いつものお約束の宴会です。ここだけ参加の2名を加え8名で、有楽町の居酒屋で打ち上げです。今回の散策は近場で一時間だけでしたが、それでも一万歩以上は歩く、乾杯のジョッキのビールは格別でした。
次回は、来年1月20日(金)の予定です。そのころにはコロナの問題は収束してもっと自由な選択が可能になっていることを願っています。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2022年4月14日
駒込駅から、六義園、東洋文庫散策、「駒露地」へ
4月14日午後3時、山手線駒込駅に10名が集合、近くの六義園、東洋文庫を散策しました。それまでの晴天続きがこの日から雨になるという最悪のタイミングでしたが、近場巡りでしたので予定通り開催したところ、大勢の参加者があり、やはりコロナ規制緩和を待ちかねていたという皆さんの気持ちが感じられました。
六義園は、江戸時代、五代将軍徳川綱吉の信任が厚かった柳沢吉保が、全く平坦だった土地に山や池を築き完成した大名庭園で、明治になると岩崎弥太郎が所有、その後東京市に寄付された日本中で有数な名園です。天気が良ければ、池を囲む樹木や花々が見どころですが、あいにくの雨で残念でしたが、園内の池端にお茶屋さんがあり、雨宿りして愛想のよい美人のお二人に、抹茶と和菓子のおもてなしを受け、写真を撮ってもらったり歓談できたのはよかったです。
次に、近くの東洋文庫へ。ここは東洋全域の歴史や文化に関する文献を膨大に収蔵する美術館で、吹き抜けになった壁一面の本棚には圧倒される思いでした。
国宝級の書籍や、昔教科書で見たこともある、明治時代の日本を風刺したフランス人ビゴーの漫画もありました。一般にはあまり知られておらず、参加者も殆ど初めてだったようですが一見の価値ありだと思いました。「シルクロードの旅」という企画展も開催されていて興味深いものでした。
最後はお楽しみの宴会です。
元々今回は、以前行ったことがある評判の店にまた行こうということで始まった企画で、駒込駅近くの下町の「駒露地」という居酒屋さんです。最近、テレビに取材を受け放映されたそうです。ここから参加する人もいて、料理美味、酒良しで、コロナ禍規制のうっぷんを晴らすように、談論風発大いに盛り上がりました。
次回は、6月16日に開催予定です。散策の場所などは未定ですが、一日も早くマスクなしで歩けるように願っています。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2021年11月23日
日の出桟橋から、水上バスで浅草へ
11月23日午後1時半、新橋駅SL機関車前集合で8名が参加。コロナ禍で中断され、1年10か月ぶりの開催となりました。コロナ規制の緩和を見計らい、声掛けをしたところ、待ちかねたように参加者が集まりました。今回はまだ、人混みを避け歩きも軽めにということで、水上バスで浅草入りです。
先ず新橋から、ゆりかもめに乗車、日の出桟橋駅で下車し乗船ターミナルへ向かいます。この辺りはもともとは、桟橋に隣接した倉庫街だったところですが今は高層マンションが立ち並ぶ一角です。出港して、芝離宮を通過しすぐに勝鬨橋をくぐると視界が開けます。この日は前日の大雨のあとの快晴で空気が澄み切っていて快適な見晴らしがよく、快適な船旅となりました。東京タワー、スカイツリーも見えます。右手の川岸に芭蕉の銅像が、ここは深川の芭蕉記念館があるところです。いくつもの橋をすれすれに潜って、吾妻橋をくぐると到着です。(後で調べたら、橋の数は13でした。)
浅草では、浅草寺にお参りをして六区街をぶらぶら散歩です。
この日は勤労感謝の日だったこともあるのか、人出は多く仲見世街の店もにぎわっていて、ひところ有名になった、若い女性の着物姿も大勢見られましたが、外国人がまだ少ないせいか、押し合いへし合いというほどではありません。六区の劇場、飲み屋街も賑わっていました。
最後のお楽しみは、神谷バーの宴会です。
ビールで乾杯のあとは、ここの名物、電気ブランでもう一度乾杯です。テーブルには、透明アクリル板で仕切られていて、最初は戸惑いましたが、久しぶりの対面飲み会で、会話がどんどん盛り上がりました。この神谷バーは、神谷伝兵衛という人が、霞ケ浦の牛久に開いた葡萄畠とワイナリーが発祥で、この店で今も「神谷ワイン」があり、赤と白のワインを飲みましたが、なかなか美味で、皆さんの評価も上々でした。3時半から6時過ぎまで、あっという間でしたが、さすがに酒量はへったなと感じました。いつもだとこの後、日本酒、焼酎となるところが、今回はなしでした。
次回は、2月17日(木)開催の予定です。
散策の場所などは未定。コロナの第6波が、襲来していないことを願っております。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2020年1月21日
赤坂迎賓館、絵画館へ
1月21日午後2時半、JR四ツ谷駅に9名が集合。(懇親会のみ1名参加があり、最終10名。)今回は、ここからすぐの赤坂迎賓館を見学、学習院初等科や東宮御所等を見つつ、絵画館を見学。ゴールは外苑前の伊藤忠本社ビル内居酒屋というコースです。
この2か所は、以前企画しましたが、休館日だったり、入館時間に間に合わなかったりして、果たせなかったところです。
迎賓館のあたり一帯は、縄文遺跡や、江戸時代は紀伊家など大名屋敷があったらしく、正門前は工事塀がされ発掘調査中でした。迎賓館は国宝なので、さすがに出入りが厳重で、先ず入口の荷物検査で、ペットボトルの飲み物は一寸飲んでくださいと言われました。内部は、ベルサイユ宮殿を模した、金箔の装飾、1トンもあるシャンデリア等、豪華絢爛です。ただ絵画は日本画調があったり、サーベルが交差する装飾の、片一方が日本刀になっていたり、独特の工夫がされていました。かつて、国賓として滞在した各国元首の写真なども興味深いものがあります。庭園の噴水もベルサイユ宮殿風でした。
次はここを出て、学習院初等科、東宮御所を見ながら絵画館まで歩きます。
絵画館は、正式には聖徳記念絵画館と言い、明治天皇の遺徳を偲ぶための建物で、明治維新、明治時代の重要な出来事を、当時の一流画家が描き展示されています。大政奉還や、江戸城開城の勝海舟と西郷隆盛の談判の場とか、小中学校の教科書でおなじみだったものも多く展示されています。今回の出席者のなかにも、絵画館は知っているが、中には入ったことがない人が多かったようですが、展示が充実していたと好評でした。
次は、完成した国立競技場、神宮球場などを眺め、外苑の銀杏並木を歩いて外苑前駅方面へ。ここは黄葉の時期には豪華な黄金の並木道ですが、今は銀杏の葉が落ちてしまって、針金のような木の先端が印象的です。
お楽しみの宴会は、これが2度目の伊藤忠本社ビル地下の、社員居酒屋です。
あまりご馳走はありませんが、気軽で酒は旨いのがあるので、初場所のテレビ中継を観ながら大いに盛り上がりました。
次回は、4月20日(月)、浜離宮から浅草まで水上バスに乗り、懇親会の予定です。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2019年10月8日
向島百花園、東武博物館へ
10月8日午後3時半、東武線東向島駅に9名が集合。今回はこの駅に隣接している、東武博物館の見学と、向島百花園を散策するコースです。
東向島駅の駅名には、わざわざ「玉の井」とカッコ書きしてありますが、かつては、永井荷風の墨東綺譚にも描かれた紅灯の巷だったようです。
東武博物館は、東武鉄道の過去の機関車、電車などを展示していますが、電車の運転を実際に経験できるコーナーがあったりして、結構、大人の鉄道マニアが訪れるところです。この日も明治時代の古い機関車を動かすショーが見られました。機関車を少し浮かしてあって、実際に走り出すわけではありませんが、等身大の動輪が、スピードを上げて回転する様子を目の前に見るのは、圧倒されるような迫力でした。
次は、徒歩10分ほどの向島百花園へ。
東京の名園と言われるところは、昔の華族や大名の屋敷や庭だったのが多いようですが、ここは江戸時代に町人文化が盛んになったころ、富裕な町人が風流を楽しむために、作ったもので、「四季百花の乱れ咲く園」というのが名前の由来だとも言われています。園内にはぎっしりと無数の花が植えられていて、また芭蕉のほか句碑がいくつも立てられています。糸瓜棚に、人の顔の何倍もあるような、巨大糸瓜が下がっていたのにはみんなびっくりでした。夜間になると虫の音を聞く会とか、月見の会が行われるようです。スカイツリーも間近に見られました。
最後は、隣の駅の曳舟まで歩いて、お待ちかねの懇談会の「東西南北」へ向かいます。実は今回の企画は、以前来たことのあるこの店が良かったという話が度々出て、ここへ来るのが半ば目的でした。この懇親会だけに2名の参加があり11名の宴会となりました。期待に違わず美味な料理で、日本酒二枡を平らげる、大満足の夜となりました。
次回は、来年1月21日、赤坂迎賓館の予定です。
(幹事:松尾)
下町散策研究会・2019年7月3日
新宿御苑、新国立競技場、絵画館へ
7月3日午後3時半、JR新宿駅南口に8名が集合。今回は新宿御苑から、千駄ヶ谷へ抜け、完成間近の新国立競技場の威容を実感して、明治天皇ゆかりの絵画や遺品が展示されている絵画館というコース。
先ず参加某氏の母校、新宿高校に敬意を表し新宿御苑正門へ。ここまで10分足らずの都心近くに、自然豊かな名園があるのが見直されたのか、最近は外国人観光客も多いようです。日本庭園や西洋式庭園など、見どころが多いところですが、天候悪化が予想されていたこともあり、やや素通りで千駄ヶ谷駅前へ。
建設中の新国立競技場の外観は、ほとんど完成しており、見上げる威容はさすがですが、周囲の景色に溶け込んでおり、大騒ぎになった当初案だったらどうなったんだろうかと思ったりしました。この一帯は、取り付け道路や関連施設がまだいくつも工事中で、その間をすり抜けて一周してみました。
次の絵画館前で、問題発生です。ここは開館時間が午後5時までですが、最後の入館は、4時半までということだそうで、引っかかってしまい入館できなかったのです。幹事の不手際で、迷惑をおかけしました。
さて、お楽しみの宴会は、今回は一寸変わった趣向で、たまたまこの近くに、幹事の出身会社:伊藤忠商事本社があり、このビル地下にある、「同夢」といういわば社内居酒屋へ案内しました。食べ物は大したことはありませんが、飲み物はワイン、日本酒、焼酎等そこそこ良いものが揃っていて、何より安いのが取り柄です。この日も結構、酒量も進み楽しんで頂いたのではないかと思います。
実は、今回の最初の企画は、赤坂の迎賓館でしたが、水曜日が定休日だということが判り変更したものでした。今後いつか、迎賓館、絵画館コースでやろうということになっています。次回は10月8日に開催予定です。
(幹事:松尾)
下町散策研究会の報告
「2018年11月 王子から駒込へ」
(2018年11月24日)
11月24日、王子駅に12名が集合。駅前からミニロープウエイに搭乗し、王子界隈を鳥瞰しながら飛鳥山公園に入山。江戸時代から桜の名所として知られた飛鳥山ですが、秋の紅葉もさぞかしと期待したのですが、紅葉する樹木が少なく、閑散としていました。それでも10月桜が数本、ひっそりと花を咲かせていました。飛鳥山公園内には、王子製紙の創業者、渋沢栄一の邸宅、紙の博物館があります。渋沢は、明治6年にこの地に王子製紙を設立したからです。
公園を出た後は、本郷通りを歩き、一里塚から平塚神社、蝉坂を上り古河庭園を散策しました。古河庭園は、明治時代 陸奥宗光の別宅で素晴らしい洋館です。ここは、バラの花が有名ですが、すでに夕闇となり十分に観賞することはできず、早々に退園。駒露地なる居酒屋に急行しました。懇親会では、日高見、大七など旨い酒と肴を堪能、7時過ぎには駒込駅からそれぞれの帰路につきました.
(夏目)
下町散策研究会の報告
「2018年6月 佃・月島もんじゃコースを歩く」
(2018年6月30日)
今回は、気温33度の炎天下、同志10名にて佃島界隈を探索しました。佃島といえば「佃煮、もんじゃ、住吉神社」。この地は、天明の飢饉の時代に鬼平こと長谷川平蔵が「石川島人足寄せ場」を設営したことで知られています。山本周五郎「さぶ」でも有名。明治期には、造船所、機械工場などがこの地に進出、工場地帯になりましたが、現在は、工場跡がマンションに。その高層ビルの間に戦前からの家屋が密集しています。コースは、月島駅から住吉神社、船溜まり、つくだ煮屋、石川島灯台、IHI記念館を回った後に隅田川沿いを散策(パリのセーヌ川河岸のようだという声あり)、越中島の明治丸を遠望して4時半にもんじゃ店に到着、名物のもち明太子、サーモンもんじゃなどを存分に堪能しました。
(夏目孝吉)
下町散策研究会の報告
「2018年3月 四谷御門からお岩稲荷へ」
(2018年3月31日)
都内の街歩きコースとして四谷界隈はパッとしないが、歴史的には面白い地域だ。まず、江戸城の外堀の石垣の残るJR四谷駅に集合、新宿通りをすぐ左折、創業130年の酒屋「鈴伝」を経て二葉亭四迷の旧居跡へ。この周辺は、池波正太郎「剣客商売」の主人公、秋山小兵衛の道場や火付け盗賊改めの組屋敷があったとされる場所。表通りに出て迎賓館を遠望しながら学習院初等科(山岡鉄舟の屋敷跡)に沿って歩けば、その裏の高台は、2.26事件で射殺された斎藤実内大臣の私邸跡、。そこからの下り坂は、幕府鉄砲組の組屋敷があったので鉄砲坂という。さらに西に歩めば西念寺。伊賀忍者の総帥、服部半蔵が徳川家康から拝領したという槍を見学。この一帯は崖の上で多くの寺が櫛比する寺町。幕末の国学者塙野保己一の墓のある愛染院を下って向かいの断崖の上にある須賀神社に登る。ここはアニメ「君の名は」の世界。縁結びの舞台ということで日本人だけでなく中国人の若い人々でにぎわっていた。須賀神社の先は鬼平こと長谷川平蔵を顕彰する戒行寺、首切り浅右衛門の勝興寺などを掃苔しながら夕刻、お岩稲荷に到着。お岩様を祀る神社とお寺が向かい合い。祟りを恐れて全員、どっちもお参り。この後、左門町にある御酒塾なる居酒屋にて懇親会。「猩々」なる奈良の銘酒を存分に楽しみ8時に散会。参加者10名、終日、好天に恵まれ無事帰宅。
(文責:夏目)
下町散策研究会の報告
「2017年11月 神谷町から麻布十番へ」
(2017年11月25日)
今回の散策地は、神谷町から麻布十番。山の手と下町の境界にある一帯。当日(11月25日)は、奇跡的な好天。まず、神谷町駅から西久保八幡へ。急峻な階段を上って参拝。裏手には貝塚があるというが所在不明。古代には海が眼前にあったのだろう。この周辺、江戸時代は、武家、文人、妾が棲んだという薄暗い崖地。荷風の小星(妾のこと)お歌の壺中庵もここにあった。「西久保八幡の路地の突き当り無花果の枝差し伸べたる小屋を借り受け女一人囲い置き、主人は独り我然坊谷の細道伝い、この庵に忍ぶ」(荷風・断腸亭日乗)とある。この神社の背後を抜けると巨大な建造物が周辺を圧倒している。霊友会の釈迦殿だ。一行は、本殿内を見学後、脇の雁木坂を経てロシア大使館前へ、さらに進んで外務省外交史料館前の鼠坂を下った。ここは鬼平犯科帳3巻「麻布鼠坂」の舞台。途中、島崎藤村旧宅跡から植木坂を上る。石橋正二郎旧宅(現在、美術館)、高峰秀子宅、元東京銀行迎賓館「永坂荘」、参議院副議長公邸などの塀を眺めながら麻布十番稲荷に到着。豆源でおみやげの「おとぼけまめ」を買い、麻布善福寺へ。この寺は、幕末のアメリカ大使館だったのでハリスの記念碑があった。福沢諭吉の墓は探したが不明。すでに夕刻だったが、都内最大のイチョウが金色に輝き見事だった。この寺は、たたずまいなど品格ある寺だが、残念だったのは、寺の後ろにそびえる元麻布ヒルズ。まさに空を覆わんばかりにそそり立っていたのが、なんとも興ざめだった。このほか佐賀藩主の菩提寺である賢崇寺に立ち寄った後、5時からお待ちかね「魚可津」にて懇親会。獺祭、八海山が飲み放題で、今日も参加者9名大満足の一日だった。
(文責 夏目)
下町散策研究会の報告 「2017年4月 神田川に沿って」
(2017年4月29日)
天気澄晴、快適なる4月29日午後3時、御茶ノ水駅聖橋改札口に8名が集合。播磨坂の銀杏に祀られた太田姫稲荷神社に手を合わせた後、湯島聖堂へ。屋根上の霊獣に注目した後、その幹一かかえもある楷の樹、巨大な孔子像を拝して辞去、昌平坂を経て神田明神へ。銭形平次、八五郎の石碑を確認して階段下の台所町、同胞町の路地を散策。鰻の名店「神田川」の匂いをかぎながらフィギアを供養した秋葉原神社を拝観、このとき青天にわかに曇り驟雨来る。直ちに旧交通博物館をリニューアルした「マーチエキュート万世橋」に入館、見学。10分後、空晴れ渡り、さらに一団は、神田川に沿って静かな下町を散策。柳原神社に立ち寄り、おたぬき様に8人の狸紳士連が拝礼、記念撮影。エトワール海渡、佐竹藩の藩薬「龍角散」の社屋を横目で見ながら柳橋へ。市丸姉さんの旧居や亀清楼見学もそこそこ。すでに気持ちはちゃんこ屋に。隅田川にかかる両国橋を渡って回向院前の「巴潟」がその店。ここは、安倍首相が3月5日に訪問したという評判の店でちゃんこを食して懇談。予算オーバーながら満足の1日でした。
(文・夏目孝吉、写真・根来正人)
第5回 下町散策研究会(2015年9月15日)
今回は、東京の東端、柴又帝釈天と立石を散策しました。集合地点は、京成柴又駅前の寅さんの銅像前。参道の草団子屋、佃煮屋をのぞきながら帝釈天こと題経寺に参拝、笠智衆、佐藤蛾次郎が顔を出しそうな境内から江戸川の土手に上がり、のんびりとした風景を楽しんだ後、京成立石に直行。立石は、いかにも場末の繁華街で、レトロ感たっぷり。煮込みを頬張るオジサンたちでこの日も賑わっていました。我々も負けじと手書きのメニューが七夕のようにぶら下がる居酒屋に闖入。刺身、モツ煮込み、卵焼き、鴨鍋を平らげ、生ビール15杯、酒2升、薬草カクテル3杯で酩酊。これで各人「樋口一葉」1枚だけという明朗会計。今回も大満足で、いい居酒屋のある町はいい町と総括しながら帰途につきました。9月15日実施、参加者は9名。
(文責 夏目)
第4回 下町散策研究会(2015年6月6日)
第4回下町散策研究会は、下町の北部にあたる南千住から三ノ輪コースでした。この地は、池波正太郎「剣客商売」「藤枝梅安」でもお馴染み。当日6月6日(土)は、ご当地素戔嗚神社の「天王祭り」の真っ最中。参加メンバー8名は、御神輿と山車を横目で見ながら雨上がりで気持ちの良い一日を楽しみました。コースは、南千住駅3時集合、駅から吉原、山谷を遠望しつつ、回向院の受刑者(吉田松陰、橋本左内、高橋お伝)たちの墓を掃苔、裏手にある「尾花」で鰻の微醺をかぎ、そのあと奥州街道(日光街道に続く)である小塚ヶ原、千住大橋に至り芭蕉筆立ての碑を撫でて素戔嗚神社、千住ラシャ工場跡、彰義隊士の埋葬地圓通寺で黙とう、都電三ノ輪車庫を見学、投げ込み寺浄閑寺では、閉門時間とかで守衛に追い立てられて江戸趣味の鳥茶屋に退散、5時から懇親会へ。所要時間2時間、8千歩の散策でした。
(文責 夏目)
第1回 下町散策研究会(2014年1月14日)
まずは、浅草からということで、1月14日3時、雷門に集合。参加者は、予定の10名。
荷風が通ったキッチン「アリゾナ」を一瞥し、花川戸で助六の碑を確認、いなせどころかお粗末さに全員が憤慨。さらに猿若町の江戸三座跡を通過して待乳山に登り、隅田川を遠望。ここは、池波正太郎「剣術商売」の舞台、生誕の地だから当然ですね。あの藤沢周平の小説にもしばしば登場。小休憩後、隣の今戸神社へ。ここは沖田総司の終焉地。石碑に群がる女の子にびっくり。今戸からは、山谷堀を北上、日本堤から吉原大門へ。仲ノ町通りから吉原神社に参拝。ネオンの誘いに脇目も振らず裏の鷲神社(お酉様)で本日の「裏浅草散策」の無事を報告。
研究会は、ひさご通りの牛鍋や「米久」にて懇談。
散策時間80分、7200歩の散策でした。
次回は4月に向島を予定。
(文責 夏目)