2017年4月度例会講演  北村佳子氏  「「ハプスブルク帝国、最後の皇太子オットー・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン」~欧州統合を目指したヨーロッパ人」

「ハプスブルク帝国、最後の皇太子オットー・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン」~欧州統合を目指したヨーロッパ人

 

新年度初回の講演会は会場を東レ社員クラブに移し、「ハプスブルク帝国、最後の皇太子(エーリッヒ・ファイグル著)」を翻訳された北村佳子氏です。

オットー大公(1912~2011、享年98歳)を太い軸にして、二つの世界大戦と戦後、ベルリンの壁崩壊、そして欧州連合(EU)の基礎を築く時代までのヨーロッパの現実の歴史の歯車がどう回ってきたのかを分かり易く語っていただきました。

そこには、「ヨーロッパは統合することでより平和で自由になる」という理念と「600年の統治の歴史を持つ家系を引き継ぐものとしての責任感と義務感」に裏打ちされた強い信念に基づき、言論の力と人を信じ、正確な情報を基に冷静、楽天的に振る舞う生身のヨーロッパ人の姿が鮮やかに映し出されており、現代に続く活きたヨーロッパの歴史を学べた貴重なひと時となりました。


北村佳子さん講演「ハプスブルク帝国、最後の皇太子オットー・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン」を聴いて

 資料拝読、テープ拝聴により感想、所見を述べさせていただきます。

 

  1. 英国のEU離脱問題に端を発し、EU組織そのものの存在に対し様々な疑義が提起されていますが、視点を広げ、時の眼(歴史的視点)、鳥の眼(グローバルな視点)で見たEU観察が必要でしょう。
  2. ハプスブルグ家にも繋がり、パン・ヨーロッパ連盟の提唱者クーデンホーフ・カレルギー(1894~1972)は、ハプスブルグ家の末裔オットーフォン・ハプスブルグ=ロートリンゲン(1912~2011)と約20年の年齢の差がありますが、その出自を共にし、また、欧州統合の志をも共にしました(両者の初めての出会いは1933年)。
  3. 1923年カレルギーは、パン・ヨーロッパ主義を唱え、「すべての偉大なる歴史的事実は、ユートピアに始まり現実に終わる」と述べています。クーデンホーフ・カレルギー、オットー・フォン=ロートリンゲンは、まさに「欧州統合のユートピアとEUの形成という現実」の中で生涯を送ったものといえましょう。
  4. 1914年セルビア人によるオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子暗殺に始まる第1次世界大戦は、戦争と革命による20世紀の幕開けを示すものでした。シュテファン・ツヴァイク著「昨日の世界」は、19世紀末から20世紀前半を象徴的に描いた著者の遺書ともいえるものですが、「EUの形成」は、「昨日の世界」になってしまったヨーロッパを「明日の世界」に転ずる欧州の知性と政治的イニシャティブの結果でありましょう。
  5. 「昨日の世界」と「明日の世界EU」ルネッサンスに始まる欧州人文主義の流れは、パン・ヨーロッパ主義の流れから、世界市民、人類社会の普遍性に通じる社会思想の系譜を象徴します。シュテファン・ツヴァイクは、19世紀末のウィーンに生まれ、安定の黄金期ヨーロッパ、それを根底から崩した第1次世界大戦、ソヴィエト社会主義政権の成立と戦後の混乱、ナチス、ファシズムの台頭と第2次世界大戦の開始に至る激動のヨーロッパに生きます。

ツヴァイクは、1939年の第2次大戦の開始とともにブラジルに亡命、自分の精神の故郷ヨーロッパは今や過去のものとなってしまったと嘆き、南米リオ郊外の地で自らの命を絶ちます。 

戦争を終わらせるための戦争だったはずの第1次大戦は、人々が予想だにしなかった膨大な物的、人的被害とともに精神的衝撃をヨーロッパ社会にもたらしました。新生アメリカ大統領ウィルソンの世界平和への提唱も現実政治の中でもろくも崩れ去り、人類社会の理想を実現するはずだったソヴィエト・ロシアの実態は理想社会から全く遠いものであることが明らかになっていきます。ケインズがいち早く察知したヴェルサイユ条約の危険性はナチスの台頭、第2次大戦への突入として現実のものとなっていきます。

ツヴァイクが逝って3年、ヨーロッパは第1次大戦を上回る破局的戦争を続け、さらに鉄のカーテンで仕切られた冷戦の試練に直面します。しかし、その困難と歴史的教訓の中からできた欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)、EEC,EC,EUの形成は、20世紀の教訓を生かした人類史的試みということが出来ましょう。ドイツ、ロシア(ソヴィエト)の2大国に翻弄され、苦難の歴史をたどったポーランドを始めとする東欧諸国は、この諸国民の共同生活による将来に僥倖を見出したはずです。

もちろん、この国民国家を超えた人類の試みは、未だその試行の過程にあり、様々な問題に遭遇すると思いますが、英国のEU離脱問題、トランプ大統領の選出、仏ルペン女史の大統領戦出馬にという現象だけに観察の視点を留めること無く、時の眼、鳥の眼で観察しなければなりません。

米国主導の下、反共組織としてできたアセアンはヴェトナム、ラオスを加え、アセアン共同体の形成に向かっています。EUの形成、アセアン共同体の結成に進む世界の大勢の中で、(東)アジア共同体さらには人類共同体というユートピアが現実となるための微力を注ぎたいものです。

 

以下に示す東洋の古代思想を指針としたいものです。

前漢劉向「説苑」楚の共王狩りに出て、その弓を失う。左右これを求めんことを請ふ。共王曰く、「止めよ。楚人弓を失うも、楚人これを得ん。又何ぞ求めん」と。

仲尼(注:孔子)これを聞きて曰く、「惜しいかな。その大ならざる。人弓を失うも人これを得んと曰はん。何ぞ必ずしも楚のみならんや」と。仲尼は所謂大公なり。

前漢時代近代国民国家の概念はなかったが、古代東洋思想の中に国家を超えた人類共同体思想を見ることが出来ます。

 

(文責:井出