2018年1月度 定例会講演「朝鮮半島 地政学クライシス」

伊集院 敦氏(日本経済研究センター アジア研究本部 首席研究員)

 

伊集院氏は1985年 日本経済新聞社入社。ソウル支局長、政治部次長、中国総局長、編集委員などを経て日本経済研究センターに。国際アジア研究部長などを経て2016年から現職。米ジョージ・ワシントン大学客員研究員、早稲田大学招聘研究員、中国天津外国語大学兼任教授などを歴任。

近著に「変わる北東アジアの経済地図―新秩序への連携と競争」(編著、文眞堂、2017年)、「朝鮮半島 地政学クライシス」(共著、日本経済新聞出版社、2017年)、「解剖 北朝鮮リスク」(同、2016年)。

 

今年初めの講演会は「朝鮮半島 地政学クライシス」と題して、まさに時宜を得たホットなお話を語っていただきました。

 

1.朝鮮半島をめぐるトリプルリスク

「北朝鮮の核ミサイルの能力向上」、「トランプ政権の不確実性と大国関係」、「韓国政局と南北関係」の三つのリスクに着目することがポイントとなる。

2018年元旦は、金正恩氏の「新年の辞」で幕が開けたが、そのプロパガンダの中にも変化が読み取れる。核の実戦配備⇔南北和解という硬軟の揺さぶりがあるが、底には経済重視があり、意図的にゲームを変えていこうとしている。

 

北朝鮮の核ミサイル開発の狙いは、戦争で使用の目的というよりも体制固め・体制維持の手段であると共に対外関係打開の手段。

金正恩の権力継承から5年、経済と核の並進路線を企図。瀬戸際外交で対米関係打開を狙い、米国に敵視政策の放棄、平和交渉を求める。

今年は建国70周年であり、近年の動きは衝動的な行動ではなく、実はかなり計画的に行動か。将来の統一もにらみ、核保有で南北関係の主導権を確保しようとしている。

 

北朝鮮の核・ミサイル開発の危険性は、分断国家ゆえの特異性があり、米ロなどの大国の核抑止論とは異なる世界だ。冷戦構造が残る北東アジアでは紛争地域も多く、偶発的なトラブルが大規模な戦争に発展し、戦争で使われる可能性も否定できない。また北のリーダーシップの不透明性、すなわち金正恩政権の意図の分かりにくさと政権の安定性に不安。テロ集団への核拡散の危険性や、体制崩壊の場合の核物質管理への危惧がある。

近隣に位置する日本の安全保障への脅威となり、米本土へ届くICBM完成後は、日本の頭越しの米朝取引への懸念も出て来る。この場合、日米同盟の信頼性低下の危機も生まれる。アメリカの東アジアでのプレゼンス・信用がゆらぐかもしれない。

 

2.北朝鮮の国内状況

今は実験「成功」で祝賀ムード、政権の求心力強化で一定の効果もあったといえる状況。

金正恩時代の経済運営は「人民生活の向上」を公約し、経済と核武力の並進路線を進めている。社会主義「企業責任管理制」を展開し、企業の自主権を拡大、実態的には市場経済が浸透している面もある。約20カ所の経済開発区の全国展開により、民間のマンション開発や軽工業分野が活性化、商品も多様化していて、1970年代末、改革開放初期の中国と似たところがある。

 

北朝鮮のGDPは韓国銀行による2016年推計値で3.9%のプラス成長。貿易の9割を占める中国との取り引きも伸びた。しかし2017年9月の国連安保理の対北朝鮮制裁の影響は必至で、2017年は北から中国への輸出は、約3割減。貿易多角化の推進により、過度な中国依存からの脱却を模索中。

 

金正恩委員長は国際社会の制裁圧力に対して長期戦を覚悟しており、2017年10月辺りから国内で「自力更生」のキャンペーンを強化している。

 

3.今後のシナリオと日本の対応

朝鮮半島の将来シナリオとしては7つの想定ができる。

①  国際社会による制裁・圧力強化が奏功して、北朝鮮が核ミサイルを放棄

②  限定的な軍事行動/核・ミサイル施設の破壊

③  米中合作による金正恩の除去、北の体制転換による問題解決

④  トランプと金正恩のディール成立~核ミサイル開発・配備の凍結、査察⇔米朝平和協定、関係正常化

⑤  国際社会と北朝鮮の長期戦~制裁強化、海上封鎖等による封じ込め⇔北の自立更生・自強力強化

⑥  米朝双方の誤算による偶発戦争

⑦  北朝鮮の暴発による戦争

 

①  の可能性はほとんどない。②の空爆の可能性は米国次第で無くはない、③もあり得る、④は日本を無視してやられると厄介。可能性はあるので、日本は米朝の動向を注視すべきだ。戦争が起きるなら⑦よりも⑥の方が可能性は高いだろう。しかし戦争になった場合のリスクはあまりにも大きい。

現時点では、⑤が最も現実的にあり得るメインシナリオという見方ができる。

 

質疑応答では、「将来シナリオを考えるに際して、ロシアの協力は不可欠ではないか? 米中は協調体制を構築できるだろうか?」、「アメリカ国内でも対北に関しては意見が分かれると聞くが如何か?」などについて、「北は中露を天秤に掛けており、またロシアも食わせ者のところもあって、いわばジョーカーだ」、また「米国には、伝統的な軍事オプション回避論と最近の考え方の軍事オプション容認論があるが、全ての選択肢の鍵を握るのはトランプ大統領と言えるだろう」と話題は尽きず、お話の後半は懇親会まで延長戦となりました。

 

アメリカは11月の米中間選挙を睨んだ政権内の駆け引きも絡む。北朝鮮は韓国を取り込むため、南北首脳会談も視野に入れている。韓国は朝鮮半島で戦争を絶対起こさせないことが最優先。北の思惑を知りつつ、内政と外交に北を利用している面がある。

 

昔の新聞記者時代とはまた違って、シンクタンクの研究員の立場では“世の中に知られていない部分”も知ることが出来たと仰って、その一部も披歴していただいた中身の濃いご講演となりました。

参加した会員からは、もっとお話を伺いたかった、機会があれば是非続編をお聴かせ頂きたいとの声が多く寄せられています。

 

                             (文責:立山 秀)