講師
神保泰彦(東京大学大学院工学系研究科教授)
略歴
1959年生まれ
1978年 東京都立戸山高校卒業
1988年 東京大学・大学院工学系研究科電子工学専攻終了
工学博士
1988年 日本電信電話(株)入社、NTT基礎研究所勤務
1992-3年 フランスCNRS客員研究員
2003年 東京大学に異動
2014年 東京大学大学院工学系研究科教授
【講演内容】
工学技術を利用して脳神経系の活動を計測する新たな技術を開発し、その医療応用を考える学問分野を「神経工学」と呼んでいます。
脳は多数の神経細胞ーニューロンーの集合体、そのネットワークとして機能を発揮します。脳神経は情報処理中枢の役割を担っていますが、(恐らく高速処理を実現するために)電気信号を使っています。活動電位と呼ばれるパルス信号の時間幅は約1ms、従って高々数100Hzでしか機能しません。GHz領域で動作する現在のコンピュウターと比べると6桁以上遅い信号で日々直面する課題に対処しているということになります。多数のニューロンが並列動作すること、常に変化してシステムとして最適化する可塑性(Plasticity)を有することが、高い機能を実現するメカニズムになっていると考えられています。
生物にとって、情報処理は(1)自分の周囲の環境から五感を駆使して情報を取得する(感覚入力)、(2)取得した情報の内容を理解し応答を決定する(認知・判断)、(3)周囲環境に働きかける(運動出力)という3段階から構成されます。この過程がうまく働かないー疾患や障害ー場合に医療が必要になります。近年、難しい症例に対しても工学技術を応用した様々な支援手法が開発されつつあります。
今回は、感覚入力支援の例として「人工内耳」、運動出力支援の例として「深部脳刺激(Deep Brain Stimulation; DBS)」を紹介します。人工内耳は2012年までに全世界で324,000人に適用された実績があります。ヒトの内耳は約3、500個のセンサーを並べて音の高さを聞き分けていますが、人工内耳で使用されるのは22個電極、この少数で聴覚機能を再生する過程では脳が有する可塑性が本質的な役割を果たしていると考えられています。深部脳刺激はパーキソソン病の治療に有効な例があることが示されていますが、DBSに携わる医師が「治療効果が発現するメカニズムははっきりとはわかっていません。でも、どこを刺激すればどのような効果があるかは経験的にわかっており、再現性もあります。」と言っています。メカニズムが明らかになれば副作用も抑えられ、他の疾患への応用も広がることが期待できます。神経工学分野では、このような視点から生体現象の理解を目指す研究、診断、治療機器の開発を進めています。
*講演時に紹介された画像は著作権の関係から未掲載としました。
電極を体内に埋め込む「人工内耳」はマイクで集めた音を電機信号に変え、電極が聴覚神経を刺激、脳に信号が伝わり、音として認識される手術は、2014年は国内で1、000の手術があったとの報告がされています。(日本耳鼻咽喉科学会の調査)
また、「人工内耳」同様人工的に視覚を得るための機器の一種「人工網膜」を取りつけ視覚を生みだす研究が大阪大学初め岡山大学他が進めており近く医療機器として世に出ることが期待されています。
(以上 鳥海)