「江戸浮世絵版画の世界」

講師:高橋 由貴子氏(非会員)

 

<経 歴>

 安政年間に創業した高橋工房の六代目、代表取締役

 東京伝統木版画工芸協同組合 理事長

 浮世絵木版画彫摺技術保存協会 副理事長

 文京区伝統工芸会 副会長

 大英博物館、デトロイト美術館、プーシキン美術館等に於いて講演会、

    実演会を開催

 

<講演内容>

 Ⅰ.はじめに

 

本題に入るの前に、「江戸木版画」と題する約15分DVDを上映し、浮世絵版画の復刻の工程(彫りと摺り)が示された。

 具体的には、歌川広重の東海道五十三次「庄野」を題材に、絵師が墨線で画いた下絵を彫師が版木に裏返しに貼って主版を彫り、続いて何枚かの色版を彫ってゆく。

出来上がった版木は摺師に引き継がれ、摺師は絵の具を塗った版木に紙を載せてバレンで摺る作業を必要な色数だけ重ねて浮世絵版画を完成させる。

(実際には、絵師は輪郭線だけを描いた版下絵を彫師に渡し、彫師は線描で表現された主版の摺りを絵師に戻し、絵師は各色版別に色を指示する。)

 

 

Ⅱ.浮世絵木版画について

 

浮世絵と一言で言うが、実際には肉筆で描かれた「浮世絵(一枚物)」と浮世絵木版画に大別される。肉筆の「浮世絵」は”画家の思いを絵に表す”アートの世界であるが、浮世絵木版画は商業版画として絵師・彫師・摺師という職人の連携により量産される印刷物であり、現在の週刊誌のような情報誌の一種という性格を持つものである。

 

何色も色を重ねた版画を大量に作るためには、適切な材料が必要であった。版木としては堅くて油分のある山桜の木を利用することにより緻密な彫りと何枚もの摺りの摩耗に耐えることを可能とした。また、用紙は越前生漉奉書紙を使用している。コウゾの皮を利用して作られる、この紙は繊維が長いので色数の多い浮世絵版画には最適である。

また、摺師が使う本バレンは、学校で使うダンボール芯で作られた学童バレンとは全く異なり、竹の皮で作った撚紐を渦巻状に巻き、和紙を重ねて皿状にし、漆を塗り重ねた当皮に入れ、それを竹の皮で包んで作られる。竹の皮は福岡県八女の最高級品を使用している。摺師は摺る部分や技法によって撚紐の太さの異なるいくつかのバレンを使い分ける。

江戸の浮世絵木版画を復刻するためには、現在でもこれらの日本固有の材料は必須な物となっている。

 

版画という手法は奈良時代にインドから仏教と一緒に伝わったとされているが、伝来した版画は墨一色の版画であった。それが日本で固有の発展を遂げることになるが、特に戦のない長い平安な江戸幕府の時代を迎えると、庶民が文化を楽しむ様になり演劇の世界も能から歌舞伎に移ってゆき、その時々の芝居や役者が庶民の関心の的になり、そう言った興味を充たすための情報提供手段として"芝居絵"や"役者絵"が浮世絵版画として量産された。浮世絵の"浮世"は庶民の生活そのものを意味する。また、参勤交代や商いにより街道が発達し庶民も名所を訪ねて長距離の旅をするようになり、価格が安く軽いこともあり旬な江戸土産として浮世絵版画は各地に広まった。

 

浮世絵版画は幕府のお達しで価格を蕎麦一杯分程度の一枚十六文に統制したことから庶民の間に広まったが、安価な情報誌という性格から多くのものは見終わったら保存されることなく捨てられたものと思われる。

海外に多量の浮世絵が現在でも保存されていることから、日本の貴重な文化財が外国に略奪されたのではないかと思っている人もいるが、外国人は浮世絵版画を異国情緒に満ちた貴重な芸術品として捨てずに保存した次第で寧ろ感謝すべきではないかと思っている。

私は外国の大使館や美術館等に呼ばれて話や実演をすることがあるが、浮世絵版画は日本にあったら残っていなかったかもしれないものを保存して頂いて有難うとお礼を申し上げている。

現在でもボストン美術館・大英博物館・ギメ東洋美術館などに貴重な文化遺産として大量の浮世絵版画が保存されている。

 

 

Ⅲ.高橋工房としての取組

 

浮世絵版画は、絵師・彫師・摺師という職人によって作成されるが、版元がいないと浮世絵版画は世に出ることはない。高橋工房は元々摺師の出てはあるが先々代より版元として浮世絵版画の出版に取り組んでいる。私自身は、父から版元として高橋工房を引き継ぐために彫り・摺りの技能を学ばされた。版元として浮世絵版画の復刻の他、どんな絵を出すかが私の使命だと思っている。浮世絵版画は旬な題材を絵にすることを旨としているので、今は"隈研吾氏の作品"と"アニメ"を題材に新しい版画を出そうと取り組んでいる。

アニメを浮世絵版画にするのは簡単ではなく、肉筆画なら彫りと摺りのことは考えなくてもいいが、版画の場合は、絵師は彫り易い絵、彫師は摺り易い彫りを考えなくてはいけないし、また現在のアニメは100色を越えるような多彩色で描かれたものも多く難易度の高いものである。

 

もう一つ今取り組んでいるプロジェクトに春画がある。

春画には普通の浮世絵版画にない高い技術が使われており、職人技としてもこれを継承することが版元の使命と考えている。

美人画で名高い鳥居清長の作で、「袖の巻十二枚組」という横に細長い構図は、その背景にとりたてて調度品もなく色数も少なく、彫りと摺りの技巧だけで見せる極めて繊細な作風である。(現在の職人に彫らせた陰毛部分の版木を持参した)

 

大英博物館が春画展を開催した後、日本の巡回先がなかなか決まらず、細川護煕氏が理事長を務める永青文庫が義侠心で受け入れ開催した。この時の観覧者は圧倒的に女性が多かった。日本では男性より女性の方が春画に対して偏見をもたずに浮世絵のカテゴリーのひとつとして楽しんでいたようだ。それに比べ男性は意識過剰になる嫌いがあるようだ。

 

 

Ⅴ.江戸浮世絵版画の作品紹介

 

以下の浮世絵版画の現物を提示し、見所や摺りの技法などを紹介

<主な提示作品と作品解説>

富岳三十六景 :「神奈川沖波裏」「凱風快晴(赤富士)」「山下白雨」

                    葛飾北斎の作、最初三十六景で完結予定であったが人気が出て十景が追加された。

                                北斎は思い切った線で構成される大胆な構図(デザイナーとしての力量)に特徴があり、

                    その典型である「神奈川沖波裏」は10色と色数は少ないが世界で最も好まれている。

 

名所江戸百景  :「亀戸梅屋舗」「水道橋駿河台」「大はしあたけの夕立」「両国花火」

                     「隅田川小神の森真崎」「神田紺屋町」「佃しま住吉乃祭」「猿わか町夜の景」「浅草金龍山」

                               歌川広重の作、119枚の図絵からなる。

                             「神田紺屋町」は布地を直接板に貼り、そのテクスチャーを和紙に摺りとる布目摺りが施されている。

                             「隅田川水神の森真崎」の桜は「きめ出し」により花が浮き出ている。

                             「両国花火」の夜空には雲母摺りにより花火が照り映える様子を表現。

                             「猿わか町夜の景」の夜空には、月にかかる雲に当なしぼかしが施されている。

                             「亀戸梅屋舗」「大はしあたけの夕立」はゴッホが模写した事で有名。

 

東海道五十三次:「蒲原夜の雪」、雨の「庄野」

                                これも歌川広重の作品であり、広重は旅情詩人と称されている。

                              「蒲原夜の雪」の雪空は初摺りは天ぼかしであったが、のちに吹き上げぼかしに変更。

                              「庄野」は、降りしきる雨の中、旅路を急ぐ人々の心情が表れている。

 

東洲斎写楽  :写楽の大首絵のバックは黒の雲母(キラ)摺りで力強さを表現し、また歌麿の美人画の大首絵は

                                優しさや上品さを表すために白キラ摺りを使っている。   

 

この様に浮世絵版画は単なる平面的なものではなく、様々な工夫と技巧が凝らされているので、単に正面から眺めるだけでなく、斜から見たり(雲母摺り効果が見える)、手にとって表面の凹凸に注目したり、場合によっては浮世絵版画の顔料は裏まで浸透しているので裏から見たりして職人の技巧の妙を味わうことも浮世絵版画の醍醐味の一つである。

例えば「凱風快晴(赤富士)」は裏から見るとつぶし(面積の広い箇所)部分にバレンの動きを窺うことが出来る。

 

 以 上(文責 若色)