講演者 :工藤由貴子
日本女子大学大学院客員教授
1980年お茶の水女子大学大学院家政学研究科修了
千葉大学大学院社会文化化学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
家政学修士。国際長寿センター主任研究員、文部科学省、横浜国立大学教授、等経て現職。研究領域は家政学、老年学。
著書:「老年学・高齢社会の新しい扉を開く」
(2006年角川学芸出版)、「老人と子ども統合ケア・新しい高齢者ケアの姿を求めて」(共著2000年中央法規)、「少子化社会の家族と福祉」(共著2004年ミネルヴァ書房)「暮らしをつくりかえる生活経営力」(分担執筆2020年朝倉書房)など。
Ⅰ.高齢化の進展 (現状認識)
★高齢化は世界共通の課題。
★日本は世界で最も高い高齢化率である。総人口に占める割合(高齢化率)は26.7%(2015年)
★日本の高齢化は世界に例をみない速度で進行している。
★高齢化の背景には、死亡率の低下、少子化という現象がある。(戦後の出生率、団塊の世代が一因)
★高齢者(65歳以上)数は子供(0歳-14歳)の数をはるかに上回っている。
★平均寿命は日本は世界有数の長寿国である。(男性81.09歳 女性87.26歳 2017年)
★百歳以上の高齢者数も6万人以上と急増している。(男性8,197人 女性59,627人2017年)
「人生100年時代」へマインドセットを変えていく皆が喜べる社会を創る為にはどうしたらよいのか
日本は世界屈指の幸せな国。(100歳以上が6万人以上。2050年までには100万人を超える)
しかし、マクロな視点では、長寿社会(高齢化)は課題も多い。
・年金、高齢者医療に係わる財政負担の問題
・介護の負担 ・生産性への悪影響 etc
このような、人生の締めくくりの時期にまつわる沢山の問題に気をとられがちだが、そうではなく、どうすれば個人・家族・地域・社会全体の恩恵を最も大きくできるか、そして長寿化(高齢化)を喜べる社会を創っていくことが一人ひとりに求められている。その為には、
・人生全体を設計し直すこと
・何歳であろうと今すぐ新しい行動に踏み出すこと(長い人生を生きる準備を始める)
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Ⅱ.超高齢社会 大きく変わった発達観
(1) “生涯発達”という人生の捉え方
・高齢者に関する研究が成立した初期の段階では、人間の加齢変化は極めて否定的に捉えられていた。
「老い」は成長、発達を遂げた成人期以降の心身の機能の退行プロセスであり、能力だけではなく、人格も劣化させる変化であると捉えられていた。
➽ 老いの変化をポジティブな側面として文化や社会の側が捉え直すことを通じて発達観は修正されてきた。
・エイジングは、全ての個体に一様に進む分けではなく個人差が大きい。身体の部分、機能によって老化の発現や進行のプロセスが異なる。
・エイジングは多次元性、かつ多様性をもつ変化である。
・生物としての普遍的なもの、時代や文化によって異なるもの。更に個々人の独自性がある。
― 生涯発達の人間像 -
・人は生涯に亘って発達し続ける。
・Selective Optimization With Compensation (補償を伴う選択的最適化)
・人間の発達は多次元性、多方向性に富み、生涯を通して新しい行動の変化が起こる。
・健康な高齢者の増加によって”高齢者”の定義の見直しも
・現在までは : 65歳~74歳 前期高齢者 75歳~ 後期高齢者
・平均寿命の延伸、健康な高齢者の増加
65歳~74歳 准高齢者 75歳~89歳 高齢者 90歳~ 超高齢者
(日本老年学会・日本老年医学会 高齢者に関する定義検討WG提言2017.1)
(2)“古典的エイジズム”からの解放 そして“新しいエイジズム”の台頭
・高齢であるという理由のみによる偏見。高齢期の心身の機能低下への無理解や蔑視、高齢者の能力は現代社会には通用しないなどの一方的評価による高齢者差別:エイジズム
・古典的エイジズムの払拭
自立した高齢者が増加した その人たちの実態把握
旧来の画一的な高齢者象を見直し、健康面、経済面で恵まれないという固定観念は取り払われてきた。
・社会から期待される強い自律的な市民
・社会福祉基礎構造改革 ・男女共同参画社会・生涯現役社会・消費者市民社会
能動的に行動し主体的に選択する存在
老若男女全ての人の知恵、技能、労力の提供を求めている
➽ 格差を生む源にも 行き過ぎた自己責任論の横行にも
・新しいエイジズムの登場
・年をとっても若い頃と同じことができる ・若い時代と変わらない価値がある。
・弱者ではない。
これらの過度の強調は、“老い”から目をそらし、備えをしない、対応が遅れるなどのリスクを伴う。
エイジズムからの解放は、普通の人間が生涯発達を遂げているプロセスに目を凝らすこと。
弱弱しくなっていく加齢の過程をそのまま全て人間の発達であると捉えることのできる姿勢であるはず。
➽私たちがやるべきことは、機能低下を遅らせ、今の状態を長く保つためのもの・こと、生活をトータルに包む「普通」の環境としての豊かさを追及すること
➽ノーマル・エイジングへの注目
老いに備え老いを生かす これがほんとうのエイジズムからの解放
(3)ノーマル・エイジングの過程を正しく理解する
① 身体、生理的側面
・多くの機能の低下、衰退
・疾病率の上昇。慢性疾患が多い
・身体的魅力の低下(エイジングによる獲得4つのS:しわ、しみ、白髪、診察券)
② 感覚機能の低下
・視覚、聴覚の機能低下
③ 情報処理能力、推論能力の低下
④ 知的側面
・流動性知能(新しいことを学習する、新しい環境に適応する為に必要な問題解決能力)と
結晶性知能(蓄積した学習や経験を生かす能力)では、発達曲線が異なる。
結晶性知能の維持により状況分析、文脈理解、多様な価値観の理解予測不可能性への対応力、他
が向上、流動性知能の低下が補完される。
知的側面のピークは60代
⑤ 心理・人格的側面
・自己中心的、頑固、保守的、疑い深いなどは神話。科学的論拠はない。
⑥ 身体機能を補う福祉工学機器
・行動範囲の狭まりを補う〇〇
・人間関係の縮小を補う〇〇 をうまく使って、“健康的”に生きられる期間を楽しむ
Ⅲ.これから求めていくもの・こと
(1) 老いの過程を繋げる
老いの全過程を通じて一貫したストリー(予測された老後)を創る
・ノーマル・エイジング゙の深い理解
・一つの価値の選択、老いの全過程を通じて実現させる/支える。
(2) ミクロとマクロを繋げる
・長寿化する人生をトータルに捉える視点
・高齢化する社会を捉える視点
この両方を繋ぐ視点
・一人ひとりにとっての老いのプロセスの充実。
そのことが社会を構成する他の世代の人の生活の充実をもたらす。
・三人称の老い(人工集団としての老い)と一人称の老い(私の老い)との境界を取り払って二人称の老い(かけがえのない大切な人達の可能性に満ちた老い)を社会で共有していくこと。
(3) 「年齢」が個性となる社会づくり
「年齢」を理由にした制限の解消 ➽
「年齢」に拠らない機会の平等の保障 ➽
元気な高齢者が役割をもって暮らせる社会
元気でない人にも役割がある社会
多様な心身の状態で生きる高齢者を沢山抱えてもびくともしない社会
Ⅵ.人生100年時代の生き方
(1) 私たちはまだ生涯発達の途中、 強みを生かすシニアワーカーの広がりが生みだす好循環
・市場に求められること
・シニアの雇用は社会貢献ではなく、如何にシニアの能力を引き出すか。
3つの”き” : 期待 機会 鍛える (日経2019.5.9「私のリーダー論」坂東真理子)
・企業のイノベーション ダイバーシティーマネージメント
・シニアに求められること
・自分のやりたい仕事で存分に力を発揮
・「社会貢献できるのは自分の強みにおいてであって、その逆はない」
・年の功、一芸に秀でるパフォーマンス
(2) オールド・エイジ・スタイルの発揮
・若い人と高齢者との決定的な違いはダイバーシティーであり、歳をとればとるほど多様性が広がっていく。多様性は高齢者の最大の特徴。
・年齢をうまく生かすことによって、新たな創造性を開花させ続けることができる。
・高齢期には高齢期の味があり、若い時期とはスタイルが異なる。
・創造性のスタイルを発揮させるうえで、若い時にやったことの連続性が大事。若いころから色々な経験 を重ねることが高齢になってから生きてくる。強みになる。
(3)未来への”ギフト”
・超高齢社会には、先のライフステージを生きる高齢者の姿を通じて沢山の”未来”からのギフトがあふれている
・人生100年時代を充実して生きるために、今から何をすれば良いか
”未来”からのプレゼントをキャッチ
・これまでの既成概念にとらわれることなく、高齢化社会にふさわしい人間関係のあり方、生活スタイル 社会の仕組みを考え、実行していく。
・高齢者の経験は、“健康的なライフスタイル”とはどのようなものか教えてくれる。
・人との繋がりが大事
・服装や食事といった日々の選択への決断がその人のアイデンティティーをつくる。
・Aging in Place 最期まで住み続けた場所で尊厳をもって生き続けること。
生活のフローだけでなくストックの充実が大事。
・豊かさや幸せとは何かという問い直し
・一人ひとりの主体性は大事、
同時に、異なる人同士が共存しながら共同性を深めていくことも大事。
一人ひとりの尊厳を守り合い、個性を育て合いながら力を発揮しあう社会の再構築を。
Ⅶ.おわりに “あなたの経験をもう一度社会へ”というフォーカスワンの活動理念に共感
これからのみなさまの活動に期待しています!
完
本日のテーマは誰もが確実に迎える「老い」について、残り少ない人生を漫然と過ごすのではなく、100歳までどう活力をもって生きていくかを改めて考えさせられる切実なテーマであった。
「人生100年」、経験を生かし乍ら新たな活躍の場を見つけ、社会に関わっていくことが自ずとボケ防止、健康、体力維持に繋がり、生きる「価値」を創ることかと思い直した次第である。
講演録作成 鳥海