2021年2月度月例会 講演会「新型コロナとドイツ&EU市民権販売の制限」

 

講師:石館 陸男 氏(当会会員)

 

1.石館氏ご略歴・・・都立国立高校・都立大学工学部をご卒業後、1964年にトーメンにご入社、同社代表取締役専務を務められ、ご退職後は、政府の総合エネルギ政策委員、JPモルガンの日本法人会長を歴任され、また都立大学・拓殖大学・高崎経済大学において教鞭を取られた。

 

2.講演内容

A.ドイツにおける昨年3月以降の新型コロナへの対応・取り組み

(1)新型コロナが欧州を襲った第一波の直後、3月18日にメルケル首相が行った演説は素晴らしい内容で世界各国からも高い評価を受けた。また、コロナで苦しむ企業や個人事業主に対する支援金の支払いも極めて迅速であった。(ドイツは元々財政赤字もなく財政状態がEUの中で抜きん出て良好であった)この後、感染者数も減り、EUの中でラテン系の国々に比し規律を守り優秀な国民性だと称賛された。

(2)その後感染者数が徐々に減少し小康状態が続く中、コロナへの恐怖感が薄まって気が緩んだ結果であろうが、秋口より感染者数が激増し、死亡率も他のEU諸国レベルとなり、(医療先進国と言われているドイツで)とうとう医療崩壊の兆しが出てきたことで、この第2波に対して政府は11月から部分的なロックダウンを実施し、それでも治まりそうもないということで12月16日から1か月、更なる強化を行った。但し、その時点でも余り顕著な改善効果が見られず、今年の1月5日、メルケル首相は「感染拡大の規制を再び強化する」と発表した。具体的には、居住地からの行動制限やレストラン・商店・学校の閉鎖を更に1月末まで延長する等々かなり厳しい内容となった。因みに、12月16日のメルケル首相の演説時の画像を見ると、メルケル首相にしては珍しく感情を露わにした極めて険しい表情であった。まさに「欧州におけるコロナ対策の優等生」と言われたドイツもこのウイルスの抑え込みに失敗してしまった。 

因みに、2月12日のデーターによればドイツの感染者累計は約230万人(日本の約6倍)、前日比9、000人増、死亡者は約6万人(日本の約10倍)と英国より少ないが、イタリア・スペインと同レベルとなっており、EUのコロナ対策優等生から劣等生になりかねない。

(3)上述の通りドイツは財政状態が良好であったが、新型コロナ対策で昨年に続き今年も国債の発行を余儀なくされ(今年は30兆円規模)少々財政面で厳しくなってきている。

(4)かかる状況下、今なおドイツはコロナ対策で苦戦しているようであるが、その原因は新規感染者数が減った昨年夏に政府として第2波に備える対策を打つのを怠ったためだという意見が有力である。(わが国も同様で、夏場に感染者数が減った時、経済を重視するあまり次々に緩和措置を取り、加えてGo to Travelを強化して、国民に気の緩みを与えてしまい、感染者数が激増する第2波をもたらした。)

(5)補足説明等

①「ドイツ人は規律を守る国民性だともてはやされる点」については、確かに規律を守る側面もありきれい好きであるが、休暇などで他国へ行くと周りの迷惑を考えずに騒いでいるドイツ人が多かった。

➁医療先進国と言われるドイツの医療体制・・・他国との比較

まず、人口百万人あたりの病院数で見ると、日本67.1、フランス51.3、次いでドイツが39.5。人口千人当たり病床数では、日本13.3でドイツが8.3。最後に医師数で見ると、ドイツ4.1、スウェーデン4.0、スペイン3.9(日本は2.3で10番目位であるが少ないというレベルではない)といった順位となっており、医療資源という点では、ドイツと日本がトップレベルにある。

➂ドイツと並ぶトップレベルの医療資源を有する日本であるのに、感染者数が欧米に比し遙かに少ないにも拘らず何故医療崩壊が叫ばれるのであろうかという疑問を抱き調べてみたら、専門家で医療ジャーナリストの森田氏の見解とし て、

※欧米の病院の60~70%が公的病院であるが、日本の場合8割が民間病院であり、国が直接的に指揮命令を出すことが出来ないという事情にある。

※日本の医療制度は、「急性病床・ICUなどのハードを柔軟に転換・運用する機動性」に欠けているという問題がある。(病床数・医師数の問題ではない)

※感染症はどっと押し寄せ、さっと引いていくものであり、ドイツやアメリカではICUなどのコロナ対策病床を随時増減させるという柔軟な対応をしているが、日本はこれが出来ないという現状にある。等々が、その主な原因・背景であるとのこと。 

B.EU市民権・永住権販売の制限

(1)まずは、EU市民権の主な内容は、①加盟国領域内を自由に行動できる権利➁居住先加盟国における地方自治体選挙・欧州議会選挙における選挙権及び被選挙権➂国籍を有する加盟国が代表を置いていない第三国において、他の加盟国の外交または領事機関による保護を受ける権利④欧州議会への請願権等であり、EU市民権はEU以外の国から見れば非常に価値がある。

(2)EUが問題視しているのは「ゴールデンパスポート」と呼ばれる制度で、不動産や国債への一定額以上の投資を行うとその見返りに市民権を与えるというもので、これは、事実上「市民権の販売」と言える。実際にこのような市民権を発行している国はキプロス・マルタ・ブルガリアなどで、EUとして昨年10月にキプロス・マルタに対して法的な手続きに入ると発表、両国に対し通知書を送付し2カ月以内の回答を求めている。フォンデアライエン欧州委員長が、「欧州市民権の価値は売り物ではない」と言明、投資を対価にEU市民権・永住権を商品化すること自体を非難している。

因みに、市民権・永住権を取得した人が実際には当該国に住まずにドイツなどで暮らすケースも少なくなく、この制度が犯罪者の流入や汚職のリスクの誘因となっている。

(3)キプロスに関しての情報によれば、①2013年に「キプロス投資計画」プロジェクトを打ち出し、不動産購入などでの現地での投資額が215万ユーロを超えるとゴールデンパスポートを申請・取得できるとし、2017年から2019年の間に1400件を発行、そのうち500人以上の中国人が取得、他にロシア人・ウクライナ人が多くこの3国の出身者(ほとんどが富裕層)が大多数。➁昨年10月の中東の衛星放送局アルジャジーラの報道によると(EUが危機感を強めたきっかけと言われる)資金洗浄で有罪判決を受けた中国人実業家に対し、キプロスの実業家がその事実を知りながら市民権を付与しようとしたことが明らかになり、市民からの抗議も起きてその杜撰な制度の管理が問題視されている。➂キプロスの国会議員が架空の投資家の申請に便宜を図ろうとした疑惑も報じられており、キプロス政府は昨年11月から同制度の手続き停止を余儀なくされている。

(4)マルタについては、①前首相の首席補佐官が昨年9月にゴールデンパスポートの見返りを受け取った疑いで検挙されており、マルタのメディアによれば、同国内に最低1年以上居住しないと申請できなくする等の制度の見直しを進めている由➁一方で、アベラ首相が「ゴールデンパスポート制度の貢献がなかったら現在の規模の予算は示せなかった」と言及し、「誰に市民権を与えるかは加盟国独自に決める権限があり、国益と主権を守るためにあらゆる法的手段を講じる」という政府見解も出されている。

(5)このような制度を導入している国々は、スペイン・ギリシャ・ポルトガル・マルタ・キプロスと、気候が温暖で住みやすいという特徴もある。2013年頃から始まったこの制度で約3万人に市民権が付与されているとのこと。

(6)上記法的手続きにも拘らず、キプロスやマルタのように競争力のある産業に乏しい国にとっては、このゴールデンパスポート制度による経済効果は大きく、地域の雇用や消費を支えているというのが実情で、その廃止にすんなり応じるかどうかは不透明である。

(7)補足説明

①日本国籍は世界的に非常に強力で信頼性が高く、ビザ無しで(パスポートのみで)約190ヵ国に入国できるが、全世界で見ると自国のパスポートのみで外国に自由に入国出来ない、という国が多い。そういう中で、お金を積んでまでEUの市民権・永住権を得たいという動きが出てくるのは、大いに起こり得る現象と言える。

➁世界の趨勢は二重国籍を認める方向にあるが、日本・中国等々の約50ヵ国は未だ二重国籍を認めていない。

 

C。EUと中国の投資協定・・・昨年12月30日にEUと中国首脳がオンライ方式で会談し合意された。

(1)合意に至る経緯等

①本件の交渉は2014年に始まってから難航が続いていたが、昨年6月から12月まで議長国を務めていたドイツが(やり過ぎと思える位)その交渉の締結に奔走・急いだ。

➁ドイツは、「中国が武漢でのコロナ発生を隠匿し世界中にコロナを拡散させる原因を作ったこと・マスクを買い占め、それでマスク外交をやったこと・香港、チベットやウイグル地区において人権蹂躙が明らかになってきたこと等」で中国を見る目の厳しさが増して来ていたのではあるが、自動車を始め中国市場で稼いでいるドイツにとって背に腹は代えられないということであろう。

➂「中国については、この1年を見ても、香港の自由を奪い、ウイグル自治区でのウイグル人弾圧を強め、インドとの国境紛争地域でインド人を殺害し、また、台湾への脅しをかける、オーストラリアからの輸入品に制裁を課す等々の深刻な問題・事件を起こしている」にも拘らず、EUが合意したのは、成長している中国経済を取り込む為に、コロナ禍で落ち込んだEUの経済を立て直す為には中国市場抜きでは考えられない、ということであろう。

(2)本合意についてのEU,中国のコメント

①EU・・・フォンデアライエン委員長(ドイツ出身)が「この投資協定は対中関係の重要な一里塚になる」と表明

➁習主席が「投資協定締結は市場開放に向けた中国の決意と自信を示しており、また新型コロナウイルス感染拡大の影響から回復過程で世界経済が刺激される他、相互の信頼増強に寄与する」と述べている。

(3)合意に至るに当たって中国が対応・約束した内容・・・中国がEUに対して表向きは譲歩したように見せて、但し、大事なところを曖昧にし先延ばしした、という感が否めない。

①外国企業に対する技術の強制移転を禁止し、国内企業への補助金の透明性を高め、また国有企業が外国投資家を差別的に扱わないようにする等確約をした。

➁ILOの関連条約を批准するかとの質問に対し、中国は強制労働を禁止していると答え、投資協定の文章の中でのILO加盟国としての責務を改めて強調したと述べるにとどめた。(ウイグルでの強制労働の問題もうまく逃げた感じである)

(4)本合意によりもたらされるもの

 ①EU企業は電気自動車、民間医療機関、不動産、広告、海運、通信クラウドサービス、航空券予約システムなどの分野で、中国での業展開が許可される。

(従来は事業展開の条件として中国企業との合弁を組む必要があったが、この条件が撤廃される)

➁中国のEU27ヵ国への直接投資残高が2019年時点で約29兆円と3年で倍増している(IMFの統計による)。これは、「一帯一路構想」がけん引役であるが独仏などの主要国向けの投資も伸びている。この投資協定により現地企業への出資や工場建設に関するハードルが下がれば、外資を取り込む手段としての直接投資の役割が更に高まることになる。

(5)本合意に係る中国のしたたかな思惑

①米国の政権交代の前にEUとの関係を強化しておきたかった。

➁この合意は、中国にとってRCEPに続く大型の協定である。国際的な貿易や投資において主導権を発揮できる環境づくりを意識している習指導部にとって、(米国に挑んだ覇権争いが長期化するであろう中)、アメリカが加わらない大型の貿易・投資協定をいち早く結び、世界経済での影響力を高めたいようと動いた。

(6)合意から欧州議会での承認・発効までのプロセス等

本件については、EU議会での承認が不可欠である。今後欧州議会の承認を含めて協定発効までに数ヵ月から1年位かかるであろうが、協定の批准手続きでは紆余曲折がありそうだ。欧州議会ではウイグル族の人権問題や香港での民主主義の後退についての強い批判もあり、その発効が危うくなる事態もあり得る。

(7)投資協定締結に合意したことについて、提起したい問題点

①中国が台湾への脅し、ウイグル人への弾圧、インドとの紛争においてインド兵士を殺害する、また、オーストラリアからの輸入品に制裁を課すなどの行為を行っているという現実がありながらもEUが合意したということは、「中国のこうした動きをEUが問題にしていない」というメッセージを送ることになる。

➁欧州の安全保障を米国に頼っておきながら、太平洋地域での米国の安全保障政策を重視しないというのは、EUにとって賢明でないし持続性のある政策と言い難い。習主席が率いる中国が益々その独裁制と強権を強めつつある現実に目をつぶっていられると思うなら、それは甘すぎる。

➂中国は既に他の地政学的秩序の中にあってさえ経済力を戦略的武器に使う姿勢を何度も示してきた。EUとして同盟国である他の民主主義諸国と協調することなく中国への経済的依存度を深めて行くということは、欧州各国が中国政府からの圧力に対し益々抵抗できなくなっていくことを意味する。フォンデアライエン委員長が標榜する「地政学的な責任を果たす欧州委員会」はどこにいったのであろうか?今回の合意は余りに近視眼的であり、将来に大きな禍根をもたらすのではと危惧する。

以上

 

(文責 川畑茂樹)