2022年11月 月例会「ウクライナ侵攻と核抑止、そして核軍略」

講師: 佐野利男 氏

 

経歴; 千葉県銚子市生。東京大学法学部卒業、米国スワスモア大学留学。

1977年外務省入省以降、主にエネルギー、経済協力、軍縮など機能局を歩み、

フランス(国際エネルギー機関)、インドネシア、アメリカ(ニューヨーク国連代表部)、

スイス(ジュネーブ軍縮代表部)、サウジアラビア、デンマークに赴任。

大臣官房総括審議官、軍縮不拡散・科学部長、駐デンマーク王国特命全権大使、

ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部特命全権大使を歴任し、2017年退官。

同年、原子力委員会委員

     *一般社団法人フォーカス・ワン:伊藤一郎氏(元三菱重工)、井出亜夫 代表理事

(元経済企画庁経済企画審議官, 元慶応大学教授)のご紹介。

 

著書:「女神フライアが愛した国―偉大な小国デンマークが示す未来」(東海大学出版部)

    「核兵器禁止条約は日本を守れるか」(信山社)

 

御講演の演題: 「ウクライナ侵攻と核抑止、そして核軍縮」

 

佐野利男様に御講演頂きました要旨を、以下にご報告します。

■今日お話しすること

1. ウクライナ侵攻と核抑止:

  1) 侵攻前のインテリジェンス、-全面侵攻は予測されていた:

→ 米国のインテリジェンスは、ロシアの昨秋の演習が大規模に実施され、軍事予算を

大幅に増強したことを認識。米国ミリー統合参謀本部議長、ヘインズ国家情報長官は、

20221月には、ウクライナ侵攻を予告。バーンズCIA長官をロシアに派遣。

  2) 抑止の失敗/安定不安定逆説;

    米・NATOは事前に「軍をウクライナに出さず」と言明。ロシアの抑止に失敗。

   米露は戦略的に安定しているが、地域において抑止関係に不安定化を招いた。

  3) ブダペスト覚書:

→ 注釈 1. 参照願います。 ロシアはブダペスト覚書を反故にした。

西側の強い制裁にロシア経済は打撃を受けるが、20229月、原油輸出量は150―200万バレル/日減少するとの予想に反し、56万バレル/日のみ減。中印が購入。ロシアは、西側の今回の多大な結束は見込んでいなかったのでは。

4) 民主国家の脆弱性:

  → 世界大戦を避けざるを得ない。民主主義の西側の弱さ。

2. ウクライナ侵攻が東アジアに突き付けた問題:

  1) 武力行使の閾値:

   → 中国の台湾への侵攻が現実味を帯びてきた。8月、ペロシ下院議長が台湾訪問。中国が激しく非難し、台湾周辺で軍事演習。

  2) 中国の脅威:

   → 10月中国共産党大会開催、習近平、3期目政権に突入。香港の2047年迄の1国2制度

      の維持を反故。南シナ海の領有権を主張、九段線を主張、尖閣諸島への領海侵入。

      (台湾の統一に関し)習近平の発言「平和統一に最大限努力するが、決して武力の行使を放棄することは無い」

  3) 米国の台湾関係法:

   → バイデン大統領の、「台湾防衛に軍事的関与をコミットしている」との発言をオースチン、ブリンケンが米の対中政策は変更なし、と火消しに回る。

  4) ロシア・北朝鮮:

   →北朝鮮、ICBMなど多様なミサイルを実験。短射程ミサイルが日本のEEZ(排他的経済水域)内に落下。ロシアは北方領土をミサイル基地化。

3. 日本・米国・西側の対応:

  1) 核武装は論外:

   →核の抑止には核が必要。しかし、日本の核武装は核のカオス(ドミノ現象)の引き金を引き、核秩序の礎であるNPT体制を崩壊させてしまう恐れあり(イランの核武装、イスラエルも核保有顕在化、スウェーデン、スイスもあり得る。ウクライナも核武装する可能性あり)。

2) 各共有は現実的か:

 → 米国が保有している核の日本への持ち込みやどこに配備するか等は国内政治的に大変難しい。イージス・アショア(陸上イージス弾道ミサイル防衛システム)の配備適地を断念した経等からして現実的ではない。但し議論は国民の安全保障感覚を覚醒する上で有益。

3) 米艦船への戦術核再登載:

 → 米下院では、レーガンとゴルバチョフの大統領イニシアチブで冷戦後、艦船から外した戦術核の再搭載の議論の可能性がある。

4) 現実的対応とは:

  ・統合抑止力:

   → バイデン大統領は、統合抑止力(同盟国と協力しつつ、核、通常戦力など軍事力の他、経済制裁や外交力を総合して、ロシア、中国、北朝鮮に対抗。

  ・中国とのミサイルギャップを埋める必要。通常兵器抑止強化:

   → 通常兵器による抑止力を強化。

  ・アジア大洋州諸国の取り込み:

   → 中国の脅威、中国の戦狼外交、米国の理念外交。防衛装備品供与強化(フィリピンにレーダー4基配備)。

      アジア太平洋諸国への経済協力強化。豪州との協力。日本の静かな根回し外交。      

  ・西側同盟の強化:

   → AUKUS(米国、英国、豪州安全保障協力)、豪への原子力潜水艦の供与。

     QUAD(日本、米国、豪州、印度) 四ヵ国の戦略的連携。

     米英仏独との軍事共同訓練。

    中国の軍事費は一貫して増え続け、日本の防衛費の5倍。

    日本はスタンドオフミサイル(日本に攻撃を仕掛けてくる国に対し、敵の射程圏外から

攻撃することができるミサイル)の配備検討。トマホーク(巡航ミサイル)を米国から購入検討。

2019年、米国はロシアとのINF条約(中距離核戦略全廃条約)の破棄を通告。

 

4. 今後の核軍縮の展望:

  (図)核軍縮をめぐり各国・グループの立ち位置:注釈2. 参照願います。

  1) 核兵器禁止条約は現実的か:

    → 日本は条約に不参加。

     何が問題なのか:

(1)   核兵器のみならず核抑止力の否定。日米同盟と両立しない。核の傘からの離脱により日本は北東アジアにおいて「丸腰」になる。現実的な政策オプションにはなり得ない。

(2)   核廃棄の検証機能が弱い:

(3)   人類の安全保証か国家安全保証か(安全保障観の転換を求めてきた)。国際社会は主権国家から成立しており、超国家機関がない現状で人類の安全保障は時期尚早。国家安全保障の立場に立たざるを得ない。

(4)   NPTを弱体化する。 

→ 核兵器の存在を前提とするNPTの内部に、これを否定する核禁止条約を取り込むのは論理矛盾。NPTを弱体化する。

(5)   非核兵器国はNPT上核保有を禁止されており、既に核禁止条約に等しい。なぜ二重に禁止義務を負う必要があるのか。

(6)   核禁止条約は慣習国際法になるか

→ 慣習国際法にはならない。一般的な「慣行」も「法的確信」もない。

核禁止条約の役割

 →核廃絶後、再度核開発を防ぐためには有効かもしれない。

  2) NPT が抱えた対立の構図:

    (1) 核軍縮をめぐる核兵器国 vs. 非核兵器国

    (2) ウクライナをめぐるロシア vs. 加盟国

    (3) 核禁止条約をめぐる条約派 vs. 核兵器国 + 同盟国

(4) 国際情勢をめぐる米・英・仏 vs. ロシア・中国

ロシアの反対によりNPT運用検討会議は合意に至らず。今回は中国の主張が目立った。米中の覇権争いがNPTにも反映された。今後5核兵器国間の合意は難しい。

  3) 今後の核軍縮:

    (1) 米露 新START条約(新戦略兵器削減条約)2026年以降)の見通し:

      -1. 単純延長:

      -2. 対象を拡大するか(戦術核を含む)

       → 中国を如何に参加させるか。

    (2) 中国との軍備管理:

      -1. 米露中? 米中?

       → 中国の軍事拡大は無限ではない。中国の経済成長はピークアウトする。どこかの時点で軍備管理交渉に参加するはず。

      -2. 抑止と軍備管理

       → 米中の際限のない軍拡を防ぐため、同じテーブルについて、相互の脅威認識を理解することが必要。米国は、ロシア、中国に提案するべき。中国を如何に軍備管理条約交渉に参加させるかにつき、中国はスペースでブリ(宇宙のゴミ)の除去など平和利用の分野に関心を示してくる。NASAのアルテミス(平和利用)への参加などを呼びかけ、中国を引き込む。

  4) NPTの将来展望:

    頭の体操:

     Q:核禁条約はNPTにとって代わる「受け皿」になるか?

      → 非同盟諸国を含め、核禁条約の批准国が120を超える可能性はある。その場合核禁条約グループがNPTにとどまり、核兵器国に対し核軍縮の圧力をかけるか、或いは一斉にNPTから脱退するかの選択肢がある。脱退した場合、核軍縮圧力の梃を失い、核軍縮は停滞し核の存在は糊塗される。従って核禁条約グループが一斉にNPTから脱退する可能性は低く、核禁条約がNPTの受け皿になることはあるまい。

 

<注釈 1.>ブダペスト覚書;

199412@欧州安全保障協力機構ハンガリー会議)

クリントン、エリツイン、メイジャー、3か国、ウクライナ首脳が署名

1.     米英ロはウクライナがNPTの非核兵器国として加盟したことを認め、核兵器を露に引き渡す。

2.     独立と主権と既存の国境を尊重する。

3.     武力行使を控える。

4.     仮にウクライナが侵攻の犠牲者、または核兵器が使用される脅威の対象になってしまう場合、

支援を差し伸べるため、即座に国連安保理の行動を依頼する。

5.     ウクライナへの核兵器の使用を控える。

 

 

<注釈 2.>核軍縮を巡る各国・グループの立ち位置: